梶井基次郎の短編「愛撫」は「猫の耳というものはまことに可笑しなものである」で始まる。猫と暮らす人ならこの一文に深くうなずくだろう。音に反応してくるりと向きを変え、手を伸ばせばひょいと伏せるその小さな動きに、猫の気分や感情が伝わる。猫の耳は文学だけでなく、漫画からグルメの世界まで現れる。
梶井は猫の耳を「薄べったくて、冷たくて、竹の子の皮のように、表には絨毛が生えていて、裏はピカピカしている」と描写。さらに「一度引張られて破れたような痕跡が、どの猫の耳にもある」と述べ、その「破れた箇所」を「巧妙な補片」と表現した。これは猫の耳の付け根にある「縁皮嚢」のことである。
中国山西省の猫耳麺
猫の耳は意外な場所にも姿を見せる。中国には「猫耳麺」という郷土料理があり、小さく丸めた生地が猫の耳に似ている。刀削麺で知られる山西省が本場だ。筆者は東京・新宿の山西料理店「山西亭」で猫耳麺を味わった。運ばれた皿を見て、梶井の「竹の子の皮のように」という一節が浮かんだという。くるりと丸まった形は猫の耳を思わせ、もちもちとした食感とトマトの酸味、卵の甘みが楽しめる。
イカ耳と漫画
猫が怒ったり警戒したりすると耳を横に倒す。この姿がイカのひれに似ていることから「イカ耳」と呼ばれる。筆者の飼い猫ハニーで撮影しようとしたが、うまくいかず、代わりに読売新聞日曜版の漫画「猫ピッチャー」に登場するミー太郎が見事なイカ耳を披露していた。作者のそにしけんじもまた、梶井に劣らぬ猫観察者だと確信させられた。
文学、麺料理、漫画――猫の耳は思いがけない場所から顔をのぞかせる。本コラム「猫学」では、猫と人とのより良い関係を探る。



