ケニアのリフトバレー(大地溝帯)にあるバリンゴ湖など複数の湖は、少なくとも過去半世紀で見られなかった水準にまで水位が上昇している。中部のリゾート地では、水没した会議場の屋根の上でワニが日光浴をする光景も見られ、増水する湖の水が何千もの家族や地元の事業者を脅かしていることを端的に物語っている。
こうした現象について、科学者たちは気候変動に伴う極端な大雨が原因だと指摘している。公式データによると、地域の住民ら数万人が高台に避難を余儀なくされている。多くは「湖が後を追ってくる」と口をそろえる。湖の大規模な増水が初めて記録されたのは2011年だ。
住民を襲うワニとカバ
地域住民のメアリー・ミルカ・ティレンさん(40)は、その年、夫を亡くした。ティレンさんの夫は当時、今は完全に水没してしまった人気リゾート施設で仕事をしていたが、仕事の帰り道にカバに襲われて死亡した。それから10年後、今度は9歳の息子がワニに襲われて右腕に傷を負い、3か月間の入院生活を余儀なくされた。
ティレンさんは「ワニは肩から腕全体を引きちぎろうとしていたが、息子は激しく抵抗した。その後、友人たちに助け出された」と語る。
ケニア野生動物サービス(KWS)で上級保護官を務めるジャクソン・コメン氏はAFPの取材に対し、「ワニによる被害が増えているのは、ワニの数が増えたからではなく、湖が人々の居住地に迫ってきたからだ」と説明する。「カバの襲撃が増えているのも、湖が拡大し、かつて牧草地だった沿岸の生態系が失われたため」と指摘した。
「生態系の大惨事」の恐れ
欧州宇宙機関(ESA)のコペルニクス・センチネル衛星と米航空宇宙局(NASA)の地球観測衛星「ランドサット」の画像をAFPが分析したところ、バリンゴ湖の面積は2010年以降、約138平方キロから約234平方キロへと約70%拡大した。隣接するボゴリア湖も同期間に21%拡大。34平方キロから41平方キロとなった。この湖は高いナトリウム濃度で知られる。
これらの湖は水位の上昇と共に、その距離は急速に縮まりつつある。コメン氏は「もし2つの湖が混ざり合えば、魚、ワニ、カバは生き残ることができないかもしれない。対応するすべのない、生態系の大惨事となる恐れがある」と指摘する。バリンゴ湖は貴重な飲用水や農業用水を供給するだけでなく、地域の漁業を支えている。そのため、湖が混ざるというような大きな変化が起きれば「人々はここに住み続けることができなくなることも考えられる」とコメン氏は危惧する。
現在、二つの湖の間の距離は約10キロと推定されている。オーストリアの自然資源・ライフサイエンス大学(BOKU)の科学者マシュー・ヘルネガー氏は、「すでにオーバーフローが起きています」と指摘し、「衛星高度計によると、ボゴリア湖の水位はバリンゴ湖に向かって溢れ出るのに十分な高さに達している」と述べた。しかし、どれだけの水がバリンゴ湖に達し、どのような影響を与えるかは現時点では不明だという。
観光業の衰退と教育への影響
これら二つの湖の拡大は、観光業にも大きな打撃を与えている。コメン氏は「地域の野生動物保護区の80%を失った」とし、キリン、ダチョウ、イボイノシシ、インパラなどはすべて安全な場所に移動させられたと述べる。AFPの取材班は、バリンゴ湖の水に呑み込まれたリゾート施設を少なくとも4か所、島に取り残されて放棄された施設を1か所確認した。
フラミンゴや温泉で知られるボゴリア湖でも、水位の上昇によってかなりの数の鳥が姿を消し、温泉の湧出地が一部水にのみ込まれた。地元災害当局のマイケル・バイメット氏によると、観光収入は年間約100万ドル(約1億5800万円)から20万ドル(約3150万円)に激減したという。グーグルの口コミ欄には、ボゴリア湖でのフラミンゴの減少や、水位上昇による道路の通行止めに対する観光客の不満の声も寄せられている。
被害は学校にも及んでいる。公式記録によると、バリンゴ湖とボゴリア湖周辺の約12の教育機関が影響を受け、一部は完全に水没した。マリガットにあるコクワ島小中学校の生徒と教職員約240人は、ワニが潜むバリンゴ湖を舟で通学・通勤しているが、湖の拡大により唯一の渡船でのピストン輸送が長引き、授業時間が圧迫されている。
最も危険に晒されているのは女子寮で、打ち寄せる波がすぐそばにまで迫っている。学校関係者は、「夜になるとカバやワニが敷地内に入ってくるため、寮に住む女子生徒にとっては安全な環境ではない」と訴え、生徒の安全を守るために警備員を2人雇うこととなったと説明した。同校は、エルニーニョ現象に伴う10月の大雨で女子寮が水没する可能性があるとして不安を隠せない様子だ。
住民の移転と苦悩
水が迫る中、島の人々は移転が必要なことは分かっているが、資金面での課題が大きくのしかかる。フェイス・ムパイエイさん(40)は、湖が急激に迫り始めた2016年以降、かつて約0.8ヘクタールあった農場の柵をすでに2度動かさざるを得なかった。現在、その柵も水没してしまい、水面は自宅の約3分の1の高さまで迫っている。
5人の子どもの母親であるムパイエイさんは、「すべてを失った。今は一時的にここにいるだけで、移転しなければならない。もうここには何も残されていない」とAFPの取材に感情をあらわにした。



