横浜・山下公園に係留されている氷川丸。戦前に建造された大型船で唯一現存する貨客船は、米シアトル航路で活躍し「北太平洋の女王」などと呼ばれたが、先の大戦では海軍に徴用されて手術室を備えた病院船に改装。南方の戦地への24回の航海で、戦傷病兵らを日本に搬送した。
あまり注目されてこなかった足跡
『海峡の女神』はその病院船時代に材を得て編まれた長編小説だ。著者の伊東潤さんは「あまり注目されてこなかったが、日本人が忘れてはいけない足跡だ」と語る。主人公の若き軍医の視点から戦時を描いている。
煙突など船体に赤十字マークを施した病院船はジュネーブ条約で保護されていた。とはいえ戦時下、日本の病院船は誤認を理由に攻撃された。氷川丸も生と死が背中合わせの航海を強いられた。そこかしこで痛みを訴える叫び声と多くの救えぬ命。限られた医師と設備、医薬品不足の船内も戦場だ。
PANTAさんへの捧げ物語
「やめたくてもやめられないのが、現代の戦争なのだ」。自問自答の末に仕事への集中を誓う主人公の苦悩は、国際秩序が揺らぐ今、重みを感じる描写だ。「戦争とは何かを考えてもらうため、さまざまな側面を見せていこうと思った」と伊東さんは話す。
この物語は3年前に73歳で亡くなった伝説的ロック歌手、PANTAさん(本名・中村治雄)にささげたものでもある。伊東さんは16歳で見た女性ロックの先駆者、スージー・クアトロさんの来日公演で、彼女よりも前座のPANTAさんに衝撃を受けてファンに。作家になってから親交を深めた。
PANTAさんの母の足跡
PANTAさんの母親は、従軍看護婦としてペナン島に配属され、終戦間際に氷川丸に乗って命からがら帰ってきた。「この船がなかったら、俺はこの世にいないんだよね」。PANTAさんから氷川丸への思いを何度も聞かされ、その歴史を後世に継承したいとの、いちずな思いを受け止めた。
「氷川丸はPANTAさんにとって命の船、マザーシップだった。氷川丸から歩いて20分ほどのところで生まれ育ち、今も暮らす僕にとってもマザーシップのような存在。横浜出身の自分が書かなければいけない物語だと思った」と伊東さん。母親も後半に実名で登場している。「お母さんの足跡も氷川丸にしっかりあったとの意味を込めた」。それはPANTAさんにも明かしていた構想だった。