『山に棲む霊』書評 日本人の死生観を古代から辿る精神史入門
『山に棲む霊』書評 日本人の死生観を古代から辿る

心がざわついた日の夜には佐藤弘夫氏の著作を読むことにしている。「日本」にまつわる喧噪的饒舌の大半は現代政治をめぐるものである。だが、そもそも、日本とは、日本人とは何だろうか―。この問いは、畢竟、日本人の死生観を知ることに帰着する。

古代の山は神の棲む場所

本書は日本人と山とのかかわりを古代から現代へと通史的に辿った日本人の精神史である。万葉集には大津皇子の非業の死を詠んだ「うつそみの人なる我や明日よりは二上山を弟と我が見む」(本書から)があるが、山上に死者が埋葬されるのは極めて例外だ。

古代、死者はあの世に通じる洞窟に埋葬されていた。遺骸は単なる抜け殻で荒ぶる霊魂を少しずつ浄化させ、生者に危害を加えないための儀礼が重んじられた。当時、山は死者ではなく神が棲む場所であり、大津皇子は例外的に神となり山に祀られたのである。

浄土教と鎌倉仏教がもたらした変化

死者と山の関係に劇的な変化が生まれたのは11世紀ごろ。浄土教が広まると、空海や最澄が開山した霊場は、浄土へ向かうための飛躍台として信仰を集める。山は神の棲む場所から、浄土へ向かう場所へと変貌を遂げた。背景には戦乱の世で現世に確実なものがなく、転変を余儀なくされた日本人の苦悩があった。

この浄土観に決定的な変化をもたらしたのが鎌倉仏教だ。例えば一遍上人は、この世は善悪を問わず浄土であり風立つ波の音も念仏であると言った。現世を肯定しそのまま浄土だとみなす。山中はそのまま他界になり「立山曼荼羅」には立山はそのまま死者の終の棲家になってゆく。

通説を覆す最良の入門書

こうして山にいる死者と農耕に勤しむ生者との距離は近くなる。古代、畏怖の対象だった霊魂は、江戸時代には山の上から子孫の繁栄を見届ける柔らかな存在に変化した。

山に死者がいるという日本人の死生観は、柳田國男が『先祖の話』で主張し決定的な影響を与えてきた。この通説を打破し、古代から転変する日本人の死生観を描いた本書は最良の日本人の精神史入門の書であると言える。