「がん治療が患者を殺す」という誤った言説は今も根強いが、歴史を振り返れば治療が患者の幸福につながらなかった時代が確かにあった。本書は、がんという疾患を直接描くのではなく、病と対峙した人々の物語として、その存在を浮かび上がらせる。読者はがんの物語を難解な医学としてではなく、感情を揺さぶる人間ドラマとして読み進められる。
治療の失敗から生まれた進歩
治療に有効と考えられた葉酸が、逆に白血病細胞の増殖を促進した失敗から、逆転の発想で葉酸拮抗薬による治療が開拓された。長い間、患者の大きな負担となっていた乳がんの拡大手術も、生存率を大きく改善しないと判明し、低侵襲な手術へ見直された。そこには救いたいと願いつつ不幸な結果を生んでしまった医師の苦しみと、治療が裏目に出た患者の落胆がある。医学の進歩は双方の苦悩を乗り越えてもたらされた。
タバコ産業との巧妙な攻防
タバコ産業と研究者の攻防も強烈な印象を残す。喫煙と肺がんの関連が明らかになる中、タバコ産業側は研究を妨害せず資金を提供した。一見すると解明に協力する奇妙な行動だ。資金提供で研究結果に手加減を期待したのかと思いきや、そうではなかった。研究が続く限り「調査の余地がある」状態を維持でき、因果関係は未確定だと主張できるのだ。悪魔的な巧妙さと言わざるを得ない。科学だけでなく利害関係や政治を巻き込んだ攻防とどんでん返しの連続も本書の大きな見所だ。不可解としか言いようのない関係者の行動やがん細胞の振る舞い、その謎の解明が、本書を極上のミステリーに仕立てている。
15年ぶりの決定版
ピュリツァー賞に輝いた原著の刊行から15年。本決定版では13万字を超える大幅な加筆が施され、内容が刷新された。免疫療法やゲノム医療、細胞療法など最新の治療法や研究成果を盛り込みつつ、文学的で豊かな語り口にはますます磨きがかかっている。医療関係者や患者はもちろん、物語を愛するすべての人に手に取ってほしい。