長崎原爆を耐えた築100年超の商家が解体へ、都市景観賞受賞の歴史的建物が消える
長崎原爆耐えた築100年超商家解体、都市景観賞の建物消える (07.04.2026)

長崎原爆を耐えた築100年超の商家が解体へ、都市景観賞受賞の歴史的建物が消える

長崎原爆で市中心部が焼け野原となる中、被害を免れた築100年を超える商家が、経済的理由などで維持が困難となり、解体されることになった。被爆前の街の様子を伝え、市の都市景観賞にも選定された建物で、所有者の森田健治さん(77)は「原爆にも耐え、家族の歴史と記憶が刻まれた家がなくなるのは残念」と惜しんでいる。

爆心地から3.3キロ、延焼を免れた隠居屋敷

多くの観光客が訪れる眼鏡橋の近くの長崎市栄町。路面電車が走る通りから一歩入ると、ビルに挟まれた商家が現れる。木造瓦ぶき2階建て(約300平方メートル)で、庭石を配した中庭があり、外観をはじめ、瓦や柱も当時のままという。爆心地の南東約3.3キロに位置し、約90メートル離れた場所には、長崎原爆の当初の投下目標地点とされた「原子爆弾投下照準点」の説明板がある。

市が編さんした長崎原爆戦災誌によると、1945年8月9日午前11時2分、市中心部に原爆の爆風と閃光が襲い、建物が損傷した。午後には旧県庁から出火し、火災が広がって一帯は焼け野原となった。しかし、この商家は敷地内の二つの土蔵が火の手を防ぎ、延焼を免れたという。原爆投下後に撮影された写真でも、その存在が確認できる。

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戦後からレストランバーへの変遷と閉店

戦後、祖父の親族がこの隠居屋敷で酒店を開業し、事業を受け継いだ森田さんが約20年前にレストランバーに改装した。2007年には「ビルの谷間のたたずまいと、戦火に巻き込まれることなく今に形を残している」などと評価され、市都市景観賞(小さな建物部門)に選ばれた。

しかし、コロナ禍後は売り上げの落ち込みや人手不足に直面し、事業継続は困難と判断。昨年12月末に閉店し、建物の維持も難しくなった。森田さんは「被爆の証人としての価値はあるが、民間だけで維持・保存するのは困難だ」と語り、解体を余儀なくされた経緯を説明している。

歴史的遺産の保存と地域の課題

この商家は、長崎の戦前の街並みを伝える貴重な遺産として、地元からも惜しまれている。都市景観賞を受賞したことで、一時は保存への関心が高まったが、経済的負担が重くのしかかり、最終的に解体が決定した。森田さんは「家族の思い出が詰まった家を失うのは心苦しいが、現実的な判断をせざるを得なかった」と複雑な心境を明かす。

長崎では、被爆建物の保存が課題となっており、この事例は民間所有の歴史的建物が直面する困難を浮き彫りにしている。地域の文化財保護を考える上で、今後の対策が求められる状況だ。

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