熊本の詩人が父の戦後を児童文学でたどる新著を発表
熊本市在住の詩人、伊藤比呂美さんが、新著『わたしのおとうさんのりゅう』(左右社)を刊行しました。この作品は、子どもの頃に読んだ児童書『エルマーのぼうけん』を入り口に、児童文学の考察や父親の記憶が断片的につづられており、エッセー・詩・書評・私小説ともとれる語り物の一冊となっています。
父との原体験と児童文学の出会い
伊藤さんの父は、東京の下町の印刷所で工場長として働いていました。ある日、父は『エルマーのぼうけん』の初版の校正刷りを持ち帰り、伊藤さんに読んで聞かせました。この体験は、伊藤さんがやがて文学に目覚めていく原体験のようなものとなりました。大人になり、1990年代後半に移住した米国で、伊藤さんは原作の題が「My Father’s Dragon(わたしのおとうさんのりゅう)」であることを知ります。彼女は原作と日本語訳を読み比べ、同時代のほかの児童文学の考察も重ねながら、父の人生に思いをはせるようになりました。
父の秘密と戦争の記憶
父親は、印刷工として愚直に働く一方で、秘密を抱えていました。体には鮮やかな入れ墨があり、戦時中は特攻隊の教官を務めた陸軍中尉でした。戦後は公職追放に遭い、やくざとなったものの、その記憶の大半を隠して生きてきました。本書は父をたどる本であり、題名には、この本を愛読した自身の子供時代と、入れ墨を背負った父への追憶の意味が込められています。
伊藤さんは、父が断片的に語った戦争の話や軍歴証明、千葉県銚子市に本拠を置いた暴力団の事件を報じた新聞記事をたどります。少年少女向けの文学全集を買い与えてくれた優しい父と、荒々しい「博奕打ち」の父が交錯する中で、父の人生とは何だったのかを問いかけます。
児童文学に込められた戦後からのメッセージ
答えの一端は、児童文学の中にありました。伊藤さんは、当時の大人たちが戦争を生き延び、戦後を生きていたことに気付きます。児童文学の企画者、翻訳者、編集者、そして買った大人たち、そして父もまた、心の奥底で子どもたちに「家から出ていけ。漂流しろ。路上で暮らせ。逃げろ。闘え。」というメッセージを手渡したかったのではないかと考察します。
戦後、伊藤さんが手に取った児童文学は、主人公たちが親から離れ、脱走し、漂流していく物語がほとんどで、その背景に戦争の影響があったことに気付きました。児童文学と父の記憶が、戦争というキーワードで収斂していくのです。
ファンタジーの必要性と現代への問いかけ
伊藤さんは、児童文学が「親離れして強く生きろ」というメッセージを伝えていると指摘します。戦後は、戦争を生き残った者たちが見つめ直して引き受けていくことから、「もう一つの世界」であるファンタジーが生み出されたのではないかと述べます。そして、今の時代の私たちもまた、生き抜くためにファンタジーを必要としているのではないかと問いかけます。
この新著は、単なる回想録ではなく、戦後の歴史と児童文学の深い関係を浮き彫りにし、現代社会におけるファンタジーの意義を考えるきっかけとなる作品です。



