高橋睦郎氏が語る「文学は一寸先が闇」の真髄 第77回読売文学賞選評
高橋睦郎氏「文学は一寸先が闇」読売文学賞選評

第77回読売文学賞、高橋睦郎氏が選評で文学の本質を語る

第77回読売文学賞の贈賞式が3月6日、東京・内幸町の帝国ホテルで開催された。選考委員を務める高橋睦郎氏は、作家の三島由紀夫や石川淳の思い出を織り交ぜながら、各受賞作品に対する深い洞察を披露した。その選評は、文学と人生の在り方を問い直す示唆に富む内容となっている。

三島由紀夫の衝撃と石川淳からの救い

高橋氏はまず、昨年が三島由紀夫の生誕百年・没後五十五年であったことに触れ、自身の個人的な経験を語った。三島の生き方や作品の書き方は、結末を決めてそこへ向かって詰めていくスタイルであり、特にその衝撃的な死の直後には、自身の生き方や書き方に悩んだという。その中で偶然手に取ったのが、石川淳の評論「文学大概」であった。この作品には、文学執筆のスタンスは「一寸先が闇であるべきだ」という一節があり、高橋氏はこれに救われた思いを抱いた。この考え方は書き方だけでなく、生き方にも繋がるものだと深く理解し、以後五十年余り、その姿勢に従ってきたと述べた。

石川直樹氏の「最後の山」と文学と登山の共通点

高橋氏は、随筆・紀行部門の受賞者である石川直樹氏が石川淳の令孫であることを知り、その作品「最後の山」を読んだ感想を語った。この作品では、険しい山への登山行が常に一瞬先が闇の連続であることが描かれており、文学も同様に、終わりという到達点を目指す途中が一寸先は闇の連続だと指摘した。高橋氏は、登山が文学であり、文学が登山であると強調。功利性のないからこそ強く魅かれるとし、選考委員が一致して感動した理由はここにあると述べた。また、石川直樹氏の登山が命がけであるのに対し、文学も命がけでなければ真の文学とはなりえないと論じ、その文章の緊張感と美しい写真を称賛した。

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兵藤裕己氏の「物語伝承論」と物語の歴史

研究・翻訳部門の兵藤裕己氏の「物語伝承論」について、高橋氏は書き方と生き方の重なりが作品を成立させていると評価した。物語はモノと呼ばれる霊が自らの来歴を語ることから始まると信じる高橋氏は、兵藤氏が巫的な媒体として物語の歴史を語っていると感じた。この作品は物語の歴史であると同時に兵藤氏の個人史でもあり、誰にも真似できない生き方と、生涯を賭けた執筆の成果だと称えた。さらに、この論考が学問に留まらず、日本文学の将来の可能性を示している点を高く評価した。

高山れおな氏の句集「百題稽古」と俳句の革新

詩歌俳句部門の高山れおな氏の句集「百題稽古」については、日常を詠んだ俳句ではなく、平安中期から鎌倉期にかけての百首歌の題を借りて、五七五律で挑戦する果敢な試みだと説明した。高橋氏は、この作品が単に古い形式に従うだけでなく、批判し再創造する営みであると指摘。俳諧や俳句が日本文学の最先端であった時代を振り返り、高山氏の試みが俳句の本質に叶った現代的な取り組みだと称賛した。

柴崎友香氏の「帰れない探偵」とリアリティの曖昧さ

小説部門の柴崎友香氏の「帰れない探偵」は、各章が「いまから十年くらい後の話」という設定であり、時間の流れの中でリアリティが曖昧になる作品だと高橋氏は述べた。この小説では、日本らしき国が存在しないかのような世界が描かれており、読んでいる現在も実は未来であるかのような感覚を抱かせると指摘。一寸先は闇どころか、闇の先も闇であるとし、結末が結末のように見えて結末ではないかもしれないと論じた。

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赤堀雅秋氏の「震度3」と現代ドラマの在り方

戯曲・シナリオ部門の赤堀雅秋氏の「震度3」を読みながら、高橋氏は六十年前に唐十郎から受けた「ドラマは血が流れたときドラマになる」という言葉を思い出したという。しかし、「震度3」には血が流れておらず、現代のドラマ空間には古典的な巨匠や名優が必要ない時代になったと感じた。高橋氏は、この作品が「精緻な落語の味と悲劇の崇高な味を兼ねた秀作」と評されることを挙げ、現代にふさわしい作品の出現を痛快事だと称えた。

冨原眞弓氏の遺作とムーミン谷への探索

最後に評論・伝記部門の冨原眞弓氏の遺作「トーヴェ・ヤンソン ムーミン谷の、その彼方へ」について、高橋氏は自身がムーミンを読んでいないことを告白しつつ、冨原氏がスウェーデン語を習得し半生を費やした研究の深さに触れた。この著書を導きに、一寸先を考えずムーミン谷の探索に向かうことを自身に約束し、選評を締め括った。