わが家は300年以上の歴史を誇る旧家で、毎年ひな祭りには、歴代の嫁たちが持ち寄った古いひな人形がひな壇や畳の上に所狭しと並びました。その華やかな光景の中に、どう見ても周囲と不釣り合いな兵士の土人形が2体、ひっそりと並べられていたのです。子供の頃の私は、その存在に何となく違和感を覚えていました。
戦没した伯父たちへの思い
実は、先の大戦中に父の兄が2人戦死していたことが背景にありました。明治生まれの祖父母は、二十歳そこそこで夭折した息子たちをふびんに思い、せめて華やかな女の子たちの宴に、特別なゲストとして登場させたかったのでしょう。しかし、私にとっては会ったこともない人、それに怖い兵隊さんという印象で、そんな人形は不要だと乱暴に扱ったことがありました。
祖母の丁寧な対応
祖母は私から兵士の人形を取り上げると、丁寧に元の位置に戻し、深々と拝みました。その時、私は人形は位牌とともに仏壇に飾って拝めばいいのに、とも思ったものです。しかし、今となっては、桃の節句にひな人形と一緒に飾りたいという祖父母の独特な慰霊の心情が、十分にくみ取れるようになりました。
親となって理解した気持ち
子を思う親の気持ちはいつの世も同じです。特に自分が親となってからは、祖父母の深い愛情や悲しみがしみじみとわかるようになりました。いつしか、兵士の人形は亡き伯父の分身として、私の中で「特別なゲスト」に変わっていったのです。
現在、子供たちも独立し、ひな人形すら飾らなくなって久しいですが、子供の頃のこの特別な思い出は、今でも心に鮮明に残っています。福田稔(68) 埼玉県毛呂山町



