スモーキングルーム第167回:歪む黒十字の下で語られるホテル支配人の過去
スモーキングルーム第167回:歪む黒十字とホテル支配人の過去

歪んだ黒十字の赤旗が街を覆う中、ホテル支配人が語る懐かしき過去

街の至るところで、歪に傾く黒十字が描かれた赤い旗がはためいていた。それは由緒ある一流ホテルも例外ではなかった。各国の王侯貴族の御用達であった、街で一番格式の高いホテルの柱廊玄関を、総支配人は車の中から静かに見上げる。

煌びやかな正面玄関の上に彫刻されていた皇帝家の紋章は、今や歪に傾く黒十字の赤い旗によって完全に覆い隠されている。その光景を目にした総支配人は、皮肉っぽく笑いながら呟いた。「情の薄い婦人のようだね、一夜にして顔が変わる」と。

密告の噂と信頼できる人間たち

運転手は後写鏡ごしに不安そうな顔をした。総統の党に対する冗談でさえ密告されるという噂が、この街には確かに存在していたからだ。しかし、総支配人は落ち着いた口調で言う。「心配はいらない。ここには信頼できる人間しかいない」と。

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そうだろう、と言うように総支配人は隣に座る金ボタンを見た。季節にそぐわない冬物の上着に鹿撃ち帽、脇には革の旅行用鞄を抱えている。二人の間には、ホテルの庭園で摘んだ薔薇の花束が横たわっていた。その花は、かつての華やかな時代を静かに物語っているようだ。

小物だった少年時代の思い出

「あのホテルがわたしの古巣だよ」と、総支配人は懐かしそうに目を細めた。そして、過去を語り始める。「わたしは育ちが悪くてね、当時まだ公爵家の家令だったオーナーの懐から財布をくすねようとしたんだ。逆に手首を捻りあげられて、逃げようとしたら杖で足をはらわれて、無様に道に転がされてね」。

悔しかったから、さっさと警察に突きだせ!子供だからすぐ釈放される!そしたら、またお前の前に現れるぞ!と喚いたという。「ふてぶてしいな」と金ボタンは笑った。オーナーも同じことを言ったという。ならば警察は呼ばない、そんなにも私の近くにいたいのなら礼節を学んでこい、と街一番のホテルに放り込まれたのだ。

王侯貴族の華麗な世界に触れて

当時、あのホテルの客は王侯貴族ばかりで、夜な夜な晩餐会や舞踏会が繰りひろげられていた。あまりの威厳と華麗さに、悪事を働く気も起きなかったという。「王宮のようだったよ。要するに、わたしは小物だったってわけだ。オーナーはそれを教えてくれた恩人だ」と、総支配人は語る。

総支配人は首をめぐらせて、小さくなっていくホテルを見つめた。歪んだ黒十字の赤旗がはためく現在の街並みと、かつての華やかなホテルの記憶が、彼の心の中で静かに対比されていく。過去と現在が交錯する瞬間、彼の目には複雑な感情が浮かんでいた。

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