AI for Scienceで研究が変わる!マイクロソフトが示す「研究AI実装」の設計図
AI for Scienceで研究変革 マイクロソフト実装設計図

日本マイクロソフトは、文部科学省の「AI for Science萌芽的挑戦研究創出事業」(SPReAD1000)第2回公募を前に、研究者向けオンラインセミナーを開催した。テーマは、研究者向けに用意した16種類のパックと「Microsoft Discovery」。AIを研究にどう取り入れ、研究開発の進め方をどう変えるのか、その方向性が示された。

SPReAD1000の背景と支援の全体像

登壇したのは、日本マイクロソフトでSr. AI Specialist/Education AI事業開発責任者を務める阪口福太郎氏と、Sr. Customer Success Managerの中田寿穂氏。前半では阪口氏がSPReAD1000への申請支援と16種類のパックの全体像を解説し、後半では中田氏が「Microsoft Discovery」を軸に、AI for Scienceが研究の進め方をどう変えるのかを解説した。

SPReAD1000の背景には、AIの急速な進展と社会実装の広がりを受け、各国がAI for Scienceを国家戦略として押し上げている現実がある。日本でも、人文学、社会科学から自然科学まで幅広い分野でAI導入を進めなければ、研究力や競争力で後れを取る懸念がある。SPReAD1000は、AI活用に不慣れな研究者も含め、研究の高度化を後押しする制度で、補助上限は1課題当たり500万円以下(直接経費)。計算資源やデータ利用料、API利用料、設備費などが対象となる。

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「何を入れるか」ではなく「どう実装するか」

第1部で阪口氏は、SPReAD1000への応募を検討する研究者や研究支援担当者に向けて、マイクロソフトがこの施策をどう捉え、どのような支援を用意しているのかを説明した。阪口氏が繰り返し強調したのは、今回の説明が単なる製品紹介ではないという点だ。「文科省の取り組みを、私たちがどう理解しているかをお話ししたうえで、弊社の提案を説明したいと思います」と述べ、研究者には「自分の研究の中でどう使えるのかを考えながら聞いてほしい」と呼びかけた。マイクロソフトは、文科省が示す8つのユースケースと6段階の研究サイクルを掛け合わせ、研究テーマや進行段階に応じて支援を選べる形に整理した。

研究サイクル全体を支える16種類のパック

阪口氏は自社を「自らがAIを使って研究開発している会社」と位置づけた。世界15カ所にある「Microsoft Research」では、AIとML(機械学習)によって価値ある新しい分子・材料の発見を目指して活動しており、物質探索や研究の効率化で成果が出ている。それらの知見を活用できるよう、今回16種類のパックを日本マイクロソフトで構成した。特徴は、「Microsoft Azure」を基盤に、発見、仮説づくり、実験計画、解析、知識共有まで研究サイクル全体を支える発想にある。さらに計算資源、LLM(大規模言語モデル)、ファインチューニング、自動機械学習、データ整備、可視化、IoT連携まで幅広く、研究者の実情に応じた支援領域をそろえた。

なお、今回の公募は上限500万円で、申請額を下回る可能性もあることが公表されている。そのため、研究全体を一気に変えるのではなく、「まずは今回の施策の中で、予算規模と成果をしっかり見据えることを重視してパックは作られています」と阪口氏は説明した。また現時点で同社に寄せられる相談の多くは、「どうやって書けばいいか」という申請実務に関するものだと紹介し、申請書や見積もりを作成しやすくする支援策も打ち出された。

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申請書作りから採択後の立ち上げまで伴走

阪口氏は、支援策を単なるクラウド利用枠ではなく、応募から採択後の立ち上げまでを一体で支える枠組みとして説明した。Microsoft Azureは小さく始めて必要に応じて拡張でき、常にAIを使える環境を前提に設計しているという。「避けたいのは、導入したものの成果につながらないという事態で、半年後には何らかの成果を出せるところまで伴走したい」といった発言からも、狙いが単なる導入支援ではなく、実装と成果の接続にあることがうかがえる。研究内容そのものは研究者に委ねつつ、インフラ、データ、セキュリティを支えるという役割分担も明確に示された。

AIに不慣れな研究者をどう支えるか

阪口氏の説明で一貫していたのは、今回の施策を「AIが使える人だけの制度」にしないという姿勢だ。研究者に複雑な設計を丸投げするのではなく、申請した予算内で実際に研究が開始できる状態まで持っていくことを重視する。教育・研究機関の現場では、技術の先進性だけでなく、誰が導入しても一定の成果に近づける設計かどうかが問われる。今回の支援策は、AI for Scienceの裾野を広げるには、先端技術そのものよりも実装可能性が重要だという現実を映していた。

AI for Scienceは研究の方法論をどう変えるのか

後半で中田氏が示したのは、AI for Scienceを単なる研究支援ツールとしてではなく、研究の方法論そのものを変える潮流として捉える視点だ。中田氏はAI for Scienceを「人工知能や機械学習を科学研究に応用し、新しい発見を加速させるアプローチ」と定義したうえで、科学の方法論は「経験」「理論」「計算」「データ駆動」を経て、今「AI駆動」の第5のパラダイムを迎えたと整理した。ポイントは、計算が速くなること以上に、仮説形成や知識探索、研究サイクルの組み立て方そのものが変わり始めているという認識にある。

こうした議論が現実味を帯びる背景には、2024年のノーベル賞でAI関連研究が注目を集めたことや、各国がAI for Scienceを国家戦略として押し出していることがある。そのうえで中田氏は、日本にも優位性を発揮できる余地があるとした。SINETや「富岳」に代表される情報基盤、高品質な研究データ、数理科学の蓄積、そして実装力があるからで、社会課題先進国である日本はAI for Scienceの実装モデルを先に示せる可能性があるという。

導入したAIは研究へどう関わっていくのか

中田氏は、AI for Scienceを大きく3つに整理した。文献検索や要約、データ前処理、可視化などで研究者を支えるAI-assisted、仮説生成や実験計画にAIが深く関与するAI-driven、そしてMatterGenのように、基盤モデル自体が法則や構造を学ぶAI-nativeである。この整理が示すのは、AI導入が単なる効率化の話ではなく、研究サイクル全体の圧縮と再構成の問題だということだ。

汎用AIだけでは新発見に届かない

中田氏が実際の研究環境の文脈で示したのが、汎用AIと科学特化AIの役割分担である。ChatGPTやClaudeは論文要約やコード生成、壁打ちには有効だが、「新しい発見そのものを生み出すには、それだけでは十分ではありません」と中田氏は語った。そこで重要になるのが、Microsoft Discoveryが備える、新材料を生成・設計するMatterGen、物性シミュレーションを行うMatterSim、生体分子の動態を予測するBioEmu、高解像度で気象を予測するAuroraなどの科学基盤モデルだ。こうした科学基盤モデルをはじめとして、研究者を支援するLLM、知識探索を支えるGraphRAG、計算資源という多層構造をどう組み合わせるかが、今後の研究競争力を左右するというメッセージだった。

Microsoft Discoveryの要は「知識をつなぐ」GraphRAG

中田氏が特に重要だと位置づけたのがGraphRAGである。RAGとは、生成AIが回答を作る前に関連資料を検索し、その内容を踏まえて答えを生成する仕組みで、GraphRAGは、文書中の実体や関係性を知識グラフとして整理し、複数資料にまたがるつながりや全体構造を踏まえた探索・推論をしやすくする。従来型のRAG(Classic RAG)は個別文書に対する局所的な問いには強い一方、分野横断的な関係や全体像を問う場面では限界がある。そこで、離れた分野の研究や複数論文の関係をたどり、新たな仮説形成につなげやすいGraphRAGが重要になるという。科学的発見の本質が、離れた知見を結び付けて新しい意味や仮説を導くことにあるなら、研究AIの価値もまた「知識を探す」こと以上に、「知識をつなぐ」ことにあるというわけだ。

AI for Scienceは、もはや一部の先端研究者だけのものではない。今回のセミナーが示したのは、AIを導入すること自体ではなく、研究の中でどう生かし、成果へ結び付けるかという視点の重要性だ。公募説明を支援する場であることはもちろん、研究現場に求められる実装の考え方まで示した点に当セミナーの意義が感じられた。