異なる振る舞いをする個々が互いに影響し合い、全体の動きがそろう「シンクロ(同期)現象」は、自然界や社会のさまざまな場面で見られる。バラバラのタイミングで光っていたホタルが自然とリズムを合わせたり、心臓の心筋細胞が足並みをそろえて拍動を生み出したりする現象を、シンプルな一つの数学モデルとして結実させたのが、蔵本由紀・京都大名誉教授(86)だ。
約半世紀で広がる応用範囲
提唱から約半世紀、人工知能(AI)の開発や病気の仕組み解明、電力供給網など社会インフラの維持に至るまで、多岐にわたる領域を支える重要な理論基盤として広がり続けている。
現実から距離を置き本質を抽出
蔵本氏が導き出し、現在では「蔵本モデル」と呼ばれている数理モデルは、現実からはあえて距離を置くことで、本質を抜き出した。同期現象を起こすものが何であるかを問わず、普遍的な数式で表したものだ。
蔵本氏が着目したのは、バラバラだった要素同士の相互作用がある一定の閾値を超えると、急激にそろうことだ。このように、一定の水準を超えると劇的に状態が変化する現象を「相転移」という。相転移の身近な例としては、圧力や温度が一定の水準に達すると水が沸騰して気体になることが挙げられる。極めて低温に冷やすことで物質の電気抵抗がゼロになる「超電導」も、相転移の一種だ。
研究環境の荒波と転機
蔵本氏は大学院に在籍していた頃から、相転移を専門として研究していた。しかし、研究者としてキャリアをスタートした1970年前後は、いわゆる大学紛争により、非常に研究環境が荒れており、コンピューターも使えないような状況だったという。
さらに70年代には、後にノーベル物理学賞を受賞する米国の物理学者、ケネス・ウィルソン氏によって、相転移に関する決定打ともいえる論文が発表されてしまった。蔵本氏は、「これ以上、大きな仕事はできない」と、研究に行き詰まりを感じていた。