「それ、うまくいかないよ」──ベテラン開発者が新人の提案を退ける。電子部品向け高機能性材料メーカーの話彩コーポレーション(東京都中央区)は、この“ベテランの壁”を新人の工夫で乗り越えたという。同社は新素材の開発を高速化するためAIを導入。新人でもベテラン開発者に近い思考が可能になったが、AIが算出した結果を鵜呑みにして、うまくいかないという問題が生まれてしまった。
AI導入で生まれた“ベテランの壁”
話彩コーポレーションは、半導体チップをフレームに固定するテープや層ボールなどの部品(こんぽう)に使う粘テープ、複写機のトナー、クレジットカードの受像製造などを手掛けている。これらの事業に欠かせないのが、強度や導電性など従来の素材より優れた性能を持つ「高機能性材料」だ。
同社は、顧客ニーズに合わせた高機能性素材を少量・多品種で開発し、製品化につなげている。研究開発においては、付加価値が高い製品を素早く市場に投入することが求められる。そこで開発エンジニアを増強した同社だったが、一人前に育てるには数年かかってしまい、市場の変化に対応できなかったという。
個人のスキルに依存せずに開発を高速化するため、同社はAIで新素材や新材料を探求する手法「マテリアルインフォマティクス」(MI)を用いたツールの導入を決めた。日立ハイテクが提供するMIツール「PROACCELA」を採用。話彩コーポレーションの話彩一斉(開発本部 技術研究所 所長)は「専門知識がない新人開発者にPROACCELAを活用してもらい、2〜3カ月後にはベテラン開発者と同様の思考ができるようになった」と説明する。
新人の工夫:結論ではなくデータに注目
ある新人は、MIツールを使って素材の配合実験に使う新たな条件を発見した。ベテラン開発者も高く評価し、社内の技術賞を受賞できた。ここに、新人の工夫があったという。
AIが「良さそうな結論」を導き出したとき、その結論に比重を置いて「この配合が良さそうです。なぜなら○○だからです」と伝えたくなる。しかし、話彩コーポレーションの新人は逆のアプローチを採った。結論ではなく、その根拠となるデータに注目したのだ。
PROACCELAには、データ解析やシミュレーションを実行し、その結果をビジュアル化する機能がある。新人は「接着力が高い新たな素材の配合」を探求する上で、PROACCELAで配合を予測し、関連するデータを可視化してベテラン開発者に説明した。
まず、材料開発に関係する変数や条件の関連性を示した「相関マップ」を提示した。下図の左にある赤や青のマス目が並んだ図で、赤色が濃いほど関連性が強い。「新人はこの図を使い『AIが表面的なデータを見ているだけでなく、実験のメカニズムを正確に捉えている』とベテラン開発者に説明しました」(話彩氏)
次に、製品化した際の接着力に影響を与える条件を、ランキングにして示した。「プレス圧」が大きく影響していることが分かると「ベテラン開発者も長年の経験から『それは確かに正しい』と理解し、AIの予測モデルが正しいものであると認識しました」(話彩氏)。
AIの出力結果が正しいという合意を得た上で、最後に、接着力を最大化する条件を提案した。「どのような配合なのか詳細を見ると、ベテラン開発者の観点では『あまりやらない組み合わせ』も含まれていました。しかし、AIの正しさを納得していたため『一度やってみよう』という話になりました」(話彩氏)
新人が提案した配合を試すと、これまで得られなかったほど高い性能が出たという。ベテラン開発者も「これは良い発見だ」と評価して、技術賞に推薦した。
次の期待:「“秘伝のタレ”のデジタル化」
話彩氏は、PROACCELAに期待する機能として「“秘伝のタレ”のデジタル化」を挙げた。社内には「製品化に至らなかったアイデア」「先人たちのナレッジ」が多数存在するが、これらはデジタル化されていない。
「人づてにデータにたどり着くしかないため、新人はベテラン開発者の勘所をうかがいながら教えてもらうことが多くあります。デジタル化することで、人間に左右されずに過去のナレッジを最大限活用できるAIを目指してほしい」(話彩氏)
現場にAIを導入しただけでは、ビジネスを変革させることは難しい。社内の暗黙や意思決定プロセスなどは、AI導入だけでは解決できない。話彩コーポレーションの取り組みは、AIを効果的に活用する工夫として参考になりそうだ。



