利用者がAIに「冷蔵庫には卵4個とキャベツ半玉がある。家族3人分、予算2500円以内、20分で作れる夕食を考えて。足りないものは帰りに店で受け取れるようにして」と話しかけるだけで、買い物が完了する――。近い将来、日本の買い物はこんな一言から始まるかもしれない。AIが献立を考え、必要な食材を洗い出し、帰宅経路にある店舗の価格、在庫、会員価格、受け取り時間を比較する。このような買い物の実行者が人からAIへ移る「エージェンティックコマース(Agentic Commerce)」の時代、小売業は顧客からではなく、AIから選ばれる必要がある。
AIが購入を代行する「エージェンティックコマース」とは
「A店は2190円ですが、受け取り予約サービスがないので来店時に品切れしている可能性があります。B店は2340円で、商品を確保して午後8時以降に受け取れます。差額は150円です」――。利用者が承認すれば、AIが注文する。人は実店舗を歩いて回る必要も、検索サイトや複数のECサイトを巡って商品を一つずつカートへ入れる必要もない。
従来は人が行っていた検索、比較、入力、注文の一部をAIが担う。これがエージェンティックコマースだ。変化の中心はチャット画面ではない。買い物を実行する主体が、人からAIへ一部移ることにある。
AIに選ばれるための商品データとは
エージェンティックコマースの時代、小売業は顧客から選ばれるだけではなく、AIから選ばれる必要がある。AIに選ばれるためにはどうすればいいのか。これまでの商品データは、人に商品を表示することが主な目的だった。商品名、価格、画像、在庫、ブランド、JANコードなどを登録し、人が比較していた。
AIが選ぶ時代には、それだけでは不十分だ。例えば「小麦粉不使用で、フルーツ系のチーズケーキに近い味の間食」を探す場合、AIには原材料、味、アレルゲン、用途、代替商品まで理解できる情報が必要になる。Googleの商品情報管理ツール「Google Merchant Center」には、会話型AIの商品理解を助ける「Conversational Attributes」が追加された。商品Q&A、関連資料、関連商品、商品群名、バリエーション、人気順位の6属性だ。商品Q&Aや関連商品といった属性は、まさにAIに判断材料として伝えるためのものだ。
重要なのは、商品説明文を長くすることではなく、「誰に、なぜ適しているか」をAIが判断できる形にすることだ。例えば、優秀なタブレット端末の販売員は、顧客のニーズを聞き出したうえで「その用途なら上位機種は不要です」「こちらは安いですが、屋外では使えません」などと説明する。AI時代の商品データには、この判断材料まで組み込む必要がある。
「AIから選ばれる」と「顧客から選ばれる」は異なる
現在のネット通販では、生活者が検索やSNSで商品を知り、複数のECサイトを訪問する。商品ページを読み、価格、在庫、送料、到着日を比較する。エージェンティックコマースでは、生活者は意図と条件を伝えるだけだ。検索と比較はAIが担い、顧客は最後に承認する。
小売業から見ると、ECサイトへの訪問、商品一覧や特集記事の閲覧、売り場巡回、ついで買いといった接点が減る。AIの提案画面だけで購入が決まれば、顧客はどの業者から買ったかを強く意識しないかもしれない。便利になるほど、小売業と顧客の接点は薄くなる。エージェンティックコマースの時代、小売業と顧客の接点は薄くなる。
AIと小売をつなぐ共通規格「UCP」
2026年1月、米Googleは「Universal Commerce Protocol」(UCP)を発表した。GoogleがShopify(カナダ)、Etsy、Wayfair、Target、Walmart(いずれも米)と共同開発した、AIエージェントと小売業をつなぐオープンな共通規格だ。UCPは商品検索、カート、本人確認、注文、決済、購入後対応などを、AIと小売業のシステム間でやり取りするための接続規格である。
Googleは、検索のAI ModeやGemini上で購入を完了できるUCP対応チェックアウトを、一部加盟店向けに提供している。米国では一部加盟店が対象で、カナダとオーストラリアを含む加盟店登録は段階的な拡大中だ。日本ではまだ提供されていない。
日本の小売にも無関係ではない。AIが読める商品データや、外部サービスと接続できる在庫・注文基盤は、国内普及後に短期間で整えられるものではないからだ。



