山本昌氏、メジャー挑戦の裏話を告白 星野監督と社長のやり取り明かす
山本昌氏、メジャー挑戦の裏話 星野監督と社長のやり取り

元プロ野球選手の山本昌氏が5日、YouTubeチャンネル『阿波野チャンネル』で公開された動画「山本昌の恩師・星野仙一からの教え『時効だから言ってます』」に出演し、現役時代にメジャーリーグから声がかかっていたことを明かした。

星野監督と球団社長のやり取り

若手時代にアメリカへ野球留学していた山本氏は、1988年シーズン途中に中日へ戻ったが、「そのタイミングで、“実はメジャーからも話が来てた”っていうのは球団の人から聞いた」と当時を回顧した。

続けて、「星野(仙一)監督は『行かせろ!』って言ったらしいですよ。『昌がメジャーなんて夢があっていいじゃないか』って社長には言って勧めたら、社長は『今、ピッチャーがいないんだろ。良いかもしれないから呼んでみようよ』って説得して、僕が帰った」と、メジャー挑戦が実現しなかった経緯を明かした。

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野茂英雄氏への感謝

山本氏は「僕じゃなくてよかった。野茂(英雄)でよかった」と語り、日本人メジャーリーガーのパイオニアとなった野茂氏について言及。「僕がパイオニアじゃダメなんですよ。野茂だからよかったです」としみじみと語った。

その理由について、「野茂があんだけ華々しくやってくれたから、その後の松井(秀喜)くんもイチローくんも、みんな行けてやれた」と説明。さらに、「俺が行ったら日本人こんなもんかと思われちゃうんで。野茂くんがあんな頑張ってくれて『日本人すげえじゃん』ってなって、他の後に行く人が続けた。それが全部、今まで繋がってるんですよ」と野茂氏の功績を称えた。

メジャー挑戦が実現していたら

最後には、「メジャー行ってたら、たぶん50歳までやってないしね」と語り、メジャー挑戦が実現していた場合の自身のキャリアについても分析していた。

プロ野球生活32年、50歳まで現役を続けた山本昌氏。NPB史上初となる50代での登板など、投手として数々の最年長記録を保持している。自身が現役を長く続けることができた理由として、YouTubeチャンネル『上原浩治の雑談魂』にゲスト出演した際には、「工藤(公康)さんの存在も大きかった」「あの人が長くやったんで、僕はその獣道を後ろから歩いて、気づいたら45歳」「それまで『球界最年長』と言われないんで、注目されないんですよ」などと語っていた。

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