香川県初の国際審判員に三豊市の高木さん、英語の壁乗り越え認定
香川県初の国際審判員に三豊市の高木さん、英語の壁乗り越え認定

アマチュア野球を統括する全日本野球協会の国際審判員に、県内で初めて三豊市の会社員・高木克也さん(32)が認定された。高校球児としてプレーした経験を原点に、仕事の傍ら審判技術を磨き、英語も猛勉強。難関の認定試験を突破した。

高校球児から審判へ

高木さんは幼い頃から毎日のように、祖父と一緒にテレビでプロ野球や高校野球を観戦。中学生から野球に打ち込み、県立笠田高(三豊市)では野球部主将を務めた。部員が少なく練習環境に恵まれない中でも、甲子園を目指して仲間と懸命に白球を追った。

引退後も母校の練習試合の審判などを手伝い、その姿を見た当時の野球部監督・白川敬三さんから「本格的に審判をやってみないか」と声をかけられた。白川さんは「真面目で妥協しない性格。仲間とのコミュニケーションも欠かさない。球児たちに関わり続けてほしかった」と話す。

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技術磨き、年間約100試合

2012年、勧められるまま公式試合のグラウンドに立った高木さん。秋の高校野球県大会で先輩の審判員から「落ち着いたジャッジだった」と褒められ、やりがいを感じた。以降、休日を中心に年間約100試合を務めるまでになった。

審判の動き方に関する200ページ超の書籍を熟読し、高校野球の録画で判定が分かれる場面を見て「自分ならどう動くか」と考えた。休日に足を運ぶのも球場で、判定する力を磨いた。15年以降は大学野球や社会人野球の公式試合でも審判を務め、22年には京セラドーム大阪(大阪市)で開かれた社会人野球日本選手権の球審となった。

英語の壁を突破

高木さんが審判として意識するのは、8年ほど前に知り合った徳島県高野連所属の佐竹正輝さん(32)(東京都)だ。各地で会社員として日々を送る合間に、出身地・徳島に通って審判を務める佐竹さんに「ルールを熟知し、立ち姿や動きが洗練されていた」と憧れを抱いた。佐竹さんは香川にいた19年から国際審判員の試験を受け始めており、高木さんは「追いつきたい」と闘争心を抱くように。23年から本格的に挑戦を始めた。

立ちはだかったのは英語の壁。国際審判員の認定試験の実技を受験するには、英語能力試験「TOEIC」で400点以上を獲得することが条件だった。高校時代から英語は苦手で、社会人で勉強する機会もなかったが、一念発起し毎日1時間以上、動画や学習アプリを使って勉強を続けた。受験は10回以上。基準点をようやく突破し、昨年12月に学科や実技の審査を経て国際審判員に認定された。佐竹さんの認定も同じ頃だった。

英語による審判の勉強は今も続ける。「海外の審判員と意見を交わし、より良いジャッジにつなげたい」と気を緩めない。目標は高校時代に届かなかった甲子園の舞台に、審判として立つことだ。「国際大会などで判定の経験を積み、信頼される審判員になりたい」と話す。

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