プロ野球・西鉄ライオンズで遊撃手としてプレーした浜村孝(登録名は健史)さん(79)が8月23日、福岡市で開かれたNPO法人・西鉄ライオンズ研究会のイベントに招かれ、トークショーで「家族的で、優しかった」と古巣の思い出を語った。
新人時代の思い出
高知商高(高知)から初のドラフト会議で1位指名され、1966年に入団。注目の新人も、遠征では用具運びを任された。東京駅の広い構内で大量のボールが入ったバッグを抱えていると、球界を代表する投手の稲尾和久さんが手伝ってくれたという。
先輩から受けた影響
最も影響を受けたのは、1年先輩の池永正明さんだった。高卒で20勝を挙げて新人王に輝いた天才投手で、併殺機に自ら野手陣にサインを出していたのには驚かされた。「練習熱心で、遊びに自宅を訪ねると『走ろうか』と誘われた。基礎体力が違った」と浜村さん。プロとして早く自立するよう励まされた。
巨人移籍と現役復帰
西鉄で5年プレーし、巨人に移籍。長嶋茂雄さんと三遊間を守った。西鉄時代とは違って球場はいつも満員で「アウト一つ取るだけで拍手がわき、ヤジもほとんどなかった」。しかし2年目の春季キャンプ直前に自動車のドアに右手を挟まれ小指を切断し薬指も大けが。二軍で復帰したものの、退団となった。
会社勤めもしたが、福岡であったライオンズのOB戦に参加した際、思いもよらない声がかかった。太平洋クラブ・ライオンズの入団テストを受けることになり、76年に現役復帰した。登録名を本名にして再出発。一軍出場こそかなわなかったが、「ファームで若手と一緒に厳しい経験をしたことが、後にロッテのコーチになって役に立った」。復帰への道を開いてくれたライオンズに、今も感謝している。