日本初開催となる愛知・名古屋アジアパラ競技大会(読売新聞社協賛)が18日に開幕する。活躍が期待されるアスリートが自身の言葉で競技への思いを語る。陸上女子でSCSK所属の前川楓選手(28、津市出身)は、脚と義足の接合部分であるソケットを自らデザインし、愛犬と不死鳥への思いを義足に込めている。
愛犬と不死鳥をデザインした義足
前川選手は「私は、絵を描くことが好きでソケットを自分でデザインしています」と話す。昨年、愛犬「くう」が15歳で亡くなった。小学生の頃から実家で一緒に過ごしてきただけに、その寂しさは大きかったという。
くうとの思い出を形に残そうと、大好きなバンド「SEKAI NO OWARI」の楽曲「周波数」から着想を得て、生活用義足のデザインを考案。「『奇抜な色の虎になって走ってきてよ 僕の場所まで』という歌詞があるのですが、くうが虎になって戻ってくるイメージをデザインしました」と説明する。
虎にはオレンジや紫、水色や緑などカラフルな色を使い、くうが虹の橋を渡るイメージから虹もモチーフにした。絵は主にタブレットで描いて色を付け、仕上げたデータを布に印刷し、樹脂でソケットに固めた。
一方、競技用義足のソケットは不死鳥をイメージしたデザインにした。「燃え尽きて灰のようになっても不死鳥のようによみがえりたい」という強い思いで製作。黒地に大きく羽ばたく不死鳥が映える義足となっている。
義足の調整に苦労、記録への挑戦
そんな思いを込めた義足だが、走ったり跳んだりするのは簡単ではない。少しの体重の増減や筋肉の変化でソケットが合わなくなり、理想の動きができず、接合部分に痛みが生じることもあるという。
前川選手の場合、右脚の切断面の筋肉が増して義足が合わなくなったことから、昨秋の大会以降、義足を新調することにした。「きつい義足をはいていると足が締め付けられて乳酸がたまり、気持ちが悪くなってきて困っていた」と振り返る。
ソケットの深さや脚の締め付け具合などの調整を繰り返し、完成したのは今年3月。かなりの時間がかかったという。また、義足のブレード部分もしなりや形状を替えるなどして、記録向上を図ることもある。
走り幅跳びの記録を伸ばすため、昨年一度ブレードを替えた。それまでの上方向に弓なりに弾むようなものから、前方に鋭く直線的に跳べるタイプに変更したが、実際に試すと助走のスピードを生かした跳躍ができず、記録は伸びなかった。結局、アジアパラ大会を前に元のブレードに戻した。
パラスポーツの面白さと今後の期待
今回の試みはうまくいかなかったが、「道具の変更や様々な調整を加えることで、競技のパフォーマンスが向上する可能性が広がることはパラスポーツならではの面白さ」と前川選手は語る。
義肢装具士の臼井二美男さんは「私が始めた義足ユーザーの陸上クラブの練習に参加してくれた若い時から知っているが、チャレンジ精神が旺盛な選手。義足の女性らによる『ファッションショー』に出演した際にも、お客さんに見せた自信に満ちあふれた表情や振る舞いが印象的だった。義足は自分の個性――と言い切る前川選手に影響を受ける義足ユーザーは多い」と話す。
前川選手は1998年2月24日生まれ、津市出身。2012年に散歩中の交通事故で右太ももから下を切断し、14年に16歳でパラ陸上を始めた。17年の世界パラ陸上選手権の走り幅跳びで銀メダルを獲得。パラリンピックは24年パリ大会まで3大会連続出場している。
取材後記によると、好物のジェラートを手作りするなど料理好きで、栄養士の資格を持ち、塩分を1日6グラム以下に抑えるなどアスリートの体に理想的な食事を実践している。競技に真摯に向き合い続ける姿勢が、長く日本代表として活躍する原動力となっている。