宮城県気仙沼市の県立気仙沼高校フェンシング部が存続の危機に立たされている。現在の部員は3年生わずか4人で、下級生は一人もいない。彼らが今夏の全国高校総体(インターハイ)を最後に引退すれば、部員はゼロとなる。名門復活を懸け、4人は「全国総体で活躍し、後輩が一人でも多く入部するきっかけにしたい」と意気込んでいる。
19年ぶりの全国制覇から2年、部員減少に直面
気仙沼高校フェンシング部は2024年7月の全国総体で、男子団体として19年ぶり4回目の優勝を果たした。当時1年生だった現在の部員たちは先輩の快挙に沸いたが、それから2年、状況は一変した。現在の部員は3年生4人だけで、6月の県総体で優勝し5年連続24回目の全国総体出場を決めたものの、彼らが引退すれば部員はゼロになる。
気仙沼市は太平洋に面した港町で、古くからフェンシングが盛ん。多くの日本代表を輩出し、東日本大震災翌年の2012年にはOBの千田健太さん(40)がロンドン五輪男子フルーレ団体で銀メダルを獲得し、被災した街を勇気づけた。
先輩への憧れが原動力、OBの熱い支援
部員たちは先輩への憧れからフェンシングを始めた。主将の岩本至恩さん(3年)は中学までラグビーに打ち込んでいたが、気仙沼へ進学後、当時の主将・清原崇史さん(19)らの剣さばきに魅了され入部を決めた。「この人たちみたいに、かっこいい技を繰り出せるようになりたい」と語る。
OBたちも期待を寄せる。大漁旗を模して「大勝」と記された大きな旗を練習場に寄贈し、若手から中高年まで毎週末、母校のフェンシング場を訪れて後輩の練習に付き合い、指導している。清原さんもその一人で、日本体育大で競技を続けながら帰郷し、後輩と剣を交えて技術を教える。そのおかげで現在の部員は腕を上げ、岩本主将は自分より競技歴が長いチームメートにも勝てるようになり、県総体決勝では優勝を決める勝利を収めた。
清原さんは「部員がゼロになりそうなのは寂しい。後輩は母校を盛り上げる戦いをしてほしい」と願う。
監督も異例の事態、部員勧誘に奔走
小野寺潤監督(34)によると、部はこれまでも少数で、入部ゼロの学年もあったという。しかし「2年連続ゼロは異例だ」と話し、理由は分からないが「歴史が長いし、強豪だから、厳しく見えるのかもしれない」と感じている。
岩本主将たちは3年生になってから、部活に入っていない下級生を昼食に誘い、フェンシングの楽しさを伝えている。県総体優勝後は生徒が練習を見学に来るようになり、7月9日にも生徒2人が訪れ、岩本主将や小野寺監督が剣の握り方やルールを紹介した。岩本主将は「魅力が伝われば、きっと新しい仲間が加わる。支えてくれる先輩たちのためにも諦めない」と話している。
全国総体のフェンシングは8月10日に大津市で始まる。



