山口県山口市湯田温泉にある老舗旅館「西の雅 常盤」は、温泉や料理以上に客を引き寄せる名物がある。毎晩午後8時45分から約1時間にわたって開かれる「女将劇場」だ。舞台に立つのは、81歳の大女将・宮川高美さん。彼女は20歳で家業の旅館を継いで以来、60年近くほぼ毎日このステージに立ち続けている。
「女将劇場」の魅力:マジックから書道パフォーマンスまで
「みなさま、ようおいでくださいました。女将でございます。最後まで命を懸けてやらせていただきます。最初は『SL太鼓』でございます!」――汽笛の音を合図に、力強い太鼓の演奏が始まる。大女将とともにSLの躍動感を表現するのは、山口大学の学生たちだ。その後、マジックや水芸、踊り、琴、中国の伝統芸能「変面」など、幅広い演目が間髪入れずに展開される。「胡蝶の舞」では、紙でできた蝶を扇子でひらひらと舞わせ、客の頭に止まると会場から拍手が湧く。
脱出マジックでは、箱から抜け出してこそこそ隠れる従業員の様子が丸見えになるが、そのネタバレも芸のうち。年季の入った道具はボロボロで、修理の跡があちこちに見える。それでも客の目はステージに釘付けだ。女将劇場を支える従業員2人は80代で、大女将よりも年長。1人は勤続56年、もう1人は6年というベテランだ。
演目は全部で175種類。連泊客も新鮮に楽しめるよう、日によって組み合わせを変えている。最後の書道パフォーマンスでは、おかっぱのかつらを外し、自らの髪に墨を含ませて「雅を極めて華となる 令和」と書き上げる。全身全霊で客を喜ばせるステージに、観客は圧倒される。
客が涙する理由:リピーター続出、年間5万5000人宿泊
十数人の客に話を聞くと、全員が女将劇場目当てでこの宿を選んでいる。毎年同級生で旅行するという81歳の男女9人グループの幹事女性は、「私は女将劇場を見るのは4回目で、他の人は初めて。みんなにも見せたくて、今年はここに決めた」と語る。別のグループの女性は、「涙が出るくらいおかしかったけど、とても感動しました。来られて幸せ。元気をもらった。私たちもまだまだ頑張らなきゃ」と話した。
「西の雅 常盤」の人気は高く、楽天トラベル日本の宿アワード2025などの評価を受けている。2025年度の年間宿泊者数は約5万5000人、平均稼働率は約7割、売上高は約9億円に上る。かつては「湯田の笑われ者」と嘲笑された経営危機を乗り越え、大女将のアイデアと情熱が旅館を再生させた。
貧乏だった少女時代から大女将へ:60年の軌跡
宮川高美さんは20歳で旅館を継ぐまで、貧しい少女時代を過ごした。「ボロ旅館」と言われた宿を継がない人生は考えられなかったという。見合い相手は20枚の写真を配っても見つからず、旅館の危機を救ったのは「洗車場」のアイデアだった。新幹線開通を機に旅館を一気に拡大し、現在の大型旅館へと成長させた。
女将劇場は、大学生アルバイトの協力も得て運営されている。大女将は「50年働いてきました」と語り、これからも客を喜ばせ続ける決意だ。



