愛知・名古屋アジア競技大会(アジア大会)のカバディ男子で、日本代表は23日、1次リーグで台湾に34-30で敗れた。この試合の前半、守備から先制点をもぎ取ったのは、阿部哲朗主将に代わりスタメンに起用された倉嶋彪真選手(27)だった。チームは敗れたものの、倉嶋選手はチームに勢いをもたらした。漫画「灼熱カバディ」をきっかけに、学校の階段の踊り場から始まったカバディ人生は今年で10年目。「集大成」として臨んでいる大会で、会場の声援と喝采を一身に浴びた。
期待に応える先制点
この日の試合、前半から一進一退の展開が続いた。3点差のリードがなかなか埋まらない後半、守備陣の活躍で終盤に逆転。しかし、終了間際に相手の攻撃から一気に3点を奪われ、再び逆転を許す。そのまま逃げ切られ、試合を終えた。
倉嶋選手はこの日、普段は阿部主将が入っている守備のポジションについた。「自信があります。行かせてください」と、自ら新田晃千監督に進言。阿部主将のコンディションなどを考慮し、起用が決まった。「以前の台湾との試合でも活躍していた。ムードメーカーみたいな部分もあるので、チームに勢いをつけるためにも決断した」と新田監督。その意図に応え、試合の口火を切った。「立ち上がりは良かったですが、そのあとミスも出て…」と、手応えを感じながらも唇をかんだ。
階段の踊り場で始まったカバディ人生
「灼熱カバディは僕の人生で、原点。一緒に成長してきたと思っています」と倉嶋選手は断言する。作品をきっかけに競技を始め、日本代表にまで登り詰めた。
灼熱カバディは、2015年~2024年にかけて、小学館の漫画雑誌アプリ「マンガワン」で連載された漫画だ。主人公は、中学時代に全国トップレベルのサッカー選手になったものの、高校に進学してからはスポーツとは無縁の学校生活を送っていた男子生徒。強引な勧誘で「カバディ部」に連れてこられ、嫌々カバディをやるうちにその魅力にのめり込み、次第に才能を開花させて仲間とともに成長していくストーリーだ。激しい体のぶつかり合いのほか、駆け引きでの頭脳戦などでカバディの魅力を伝えている。
きっかけは、友達に勧められたことだった。高校3年生のとき「おもしろい漫画があるから読んで」と言われたが、よく分からない競技の漫画に、最初は興味がそそられなかった。無視したが、それでも勧められたため、しぶしぶ読んでみた。時期はちょうど受験シーズン。何かに逃げたい気持ちも背中を押したという。読んでみると、すぐにはまった。「元々熱いシーンがある漫画やアニメが好きで、灼熱カバディもそういうシーンが多かったのが良かった」と語る。今度は、このよく分からない競技のことをもっと知りたくなった。
休み時間には階段の踊り場で、友達と2人で見よう見まねでカバディをやってみた。端から見たら鬼ごっこをやっているのか、レスリングをやっているのか分からないが、自分たちは楽しかった。本格的にカバディを始めるため、高校卒業後には体験会にも参加した。日本大学へ進学後は、自分でサークルを作った。合同練習会などに顔を出し、他大学の選手を勧誘。しかし、試合に必要な人数の7人はすぐには集まらず、最初の大会では父親をエントリーした。「消防士だから体格が良くて、けっこう活躍していました」と振り返る。
中学は野球部、高校では柔道部に所属していたこともあり、反射神経や体格には恵まれていた。すぐに日本カバディ協会の目に留まり、その年には強化指定選手に選ばれた。代表練習にもほぼ欠かさず行き、カバディ漬けの日々を送った。めきめきと上達し、大学3年生になると代表に選出された。
挫折、再起の裏には「灼熱カバディ」
順調な競技人生の中、代表として初めて臨んだ2023年のアジア大会で、初めての挫折を味わった。大会前に半月板を損傷し、十分な練習が出来ないまま大会に臨んだ。そして、この大会、日本は1勝もあげられなかった。不甲斐ない結果で終わったことに、「自分には向いてないからやめようと思った」という。
それでも、気持ちを再び奮い立たせてくれたのが、「灼熱カバディ」だった。何げなく読み返すと、カバディを始めた頃の記憶や、カバディで熱くなることの楽しさがよみがえってきた。「今度こそメダルを取りたい」。もう一度、競技に戻ることを決めた。
前回大会から3年。ほかの代表選手たちも悔しい気持ちをバネに力を付け、チーム全体で底上げが図られた。その結果、昨年には日本、韓国、台湾、香港が参加した「東アジア大会」で優勝。今年は本場・インドに2度遠征に行き、個々の実力がさらに伸びたという。
「今のチームが歴代最強の日本代表」。多くの選手たちが断言し、メダルへの自信を持っている。倉嶋選手も「灼熱カバディを読み返し、気持ちをアゲて試合に臨みました。絶対にメダルを取る」と気合い十分だ。
「全盛期のままで終えたい」
しかし、倉嶋選手は今大会を最後に競技から引退するつもりだ。「この3年間、カバディのことだけを考えてきましたが、このモチベーションであと4年間過ごすことは考えられない」と話す。私生活との両立が難しいことや、次の夢を追いたい気持ちもあるというが、最大の理由は「全盛期の自分のままで競技を終えたいから」だと胸の内を明かす。競技人生の中でことあるごとに思い出してきた灼熱カバディの選手たちはいつも強く、熱かった。自身も「最強のまま」で競技を終えることで、キャラクターたちと同様に色あせないカバディ選手になりたいという思いがあるのかもしれない。「衰えながらカバディをやることで、自分にがっかりしたくない」と語る。
社会人チームでの活動にも区切りを付け、次に目指すのは公認会計士だという。税理士事務所に勤め、その夢を追う準備もしてきた。そして、その先に見据えるのは日本にプロカバディチームを作ることだという。「選手としてのカバディ人生は今回で区切りにしますが、やっぱりカバディには携わっていきたい。今度は裏方として、自分の夢を叶えていきたい」。
今大会のルールでは3位決定戦がないため、決勝トーナメント進出が決まれば銅メダル以上が確定する。次は、1次リーグ最終戦の韓国戦。2位争いが混沌とする中、できるだけ点差をつけて勝つことが求められる。「守備で点を取ってレイダー(攻撃手)につなげ、圧勝を目指す。絶対に負けません」。納得のいく結果で競技を終えられるかの大一番。そのコートに立つ胸の中にいるのはやはり、灼熱カバディだろう。



