「原爆の図」で知られる画家・丸木位里の母、スマ(1875~1956年)の作品を集めた展覧会が、県立美術館(大津市瀬田南大萱町)で開かれている。絵を描く原動力になったという原爆の記憶を描いた絵や、花や野菜などをモチーフにした作品など、100点以上が集まる。11月23日まで。
73歳で初めて絵筆をとるまで
スマは広島市生まれ。船宿や農作業をしながら、4人の子を育てた。爆心地から約2・5キロの自宅で被爆したのは70歳の頃。一命はとりとめたが、多くの死を目の当たりにし、翌年には夫と死別した。
3年後、長男の位里と妻・俊らに勧められ、73歳で初めて絵筆をとった。スマが絵を描く様子は「朝から晩まで描き続けたおばあちゃん。たまっていたものが、ほとばしり出た」と、俊が後に書籍で紹介するほどだった。
自由で伸びやかな画風、700点超の作品
対象物は自由で伸びやかに描かれた。その画風は専門の教育を受けていない高齢女性による絵画ということもあって、注目を集めた。1950年以降、女流画家協会展や再興日本美術院展などに入選。81歳で亡くなるまで、700点を超える作品を残した。
展覧会では、代表作「簪」など、初期から後期までの作品や関係資料約130点を展示する。
原爆を描いた「ピカドン」、被爆の記憶を伝える
作品の中で、原爆をモチーフにしたものは多くない。2017年に遺族宅で見つかった「ピカドン」は、スマが見たであろう光景が描かれる。「ただれた顔は見る影もなく、皮がむけて垂れ下がった手を幽霊のように空間にさしのべて兵隊の群れがゆく」。そのまま描いたように、被爆地近くの三滝橋や太田川とみられる場所で、人々は川に転落し、逃げ惑う。
「気持ちが楽しくなる作品がある一方で、凄惨な場面を目の当たりにした一人であったということは忘れてはならない」と同館学芸員の山田創さんは力を込める。
「来る日も、来る日も人々は死んでゆく。広島は死神の腕に抱きすくまれた街のよう」。スマの原爆体験を誰かが聞き取ったとされる文章のナレーションが、作品を展示するエリアに流れる。
創作を楽しめるコーナーも
その他の作品は一転して、風景、植物や花など、暮らしの中にあった身近なモチーフが多く、華やかな印象を与える。「夕暮れの畑」(1956年)では、オレンジ色の空と畑の中に転がる野菜が描かれる。山田さんは「スマ自身が農作業に従事していた時間が長かった。見たものよりもみずみずしく表現されたのだと思う」と話す。
展覧会では「誰が何歳でどういう経歴であっても描いていい」というスマの生涯と重なる発想から、創作を楽しめるコーナーも用意した。画板と画用紙を持って、スマの作品を見ながら自由に描く。座って描ける場所もある。
午前9時半~午後5時(入場は午後4時半まで)。10月12日、11月23日を除く月曜と9月24日、10月13日休館する。一般1200円、高校・大学生800円、小中学生600円。問い合わせは同館(077・543・2111)。



