愛知・名古屋アジアパラ競技大会(読売新聞社協賛)で、車いすテニス男子の小田凱人選手(20)(東海理化)が23日のシングルス決勝に臨む。車いすの製作・改良など、成長を支えてきた人たちもアジアの頂点に立つ姿を見守っている。
圧勝で決勝へ、ダブルスでは金メダル
小田選手は、車いすを巧みに操り、ライン際の球に素早く追いつくと、片方の車輪を浮かせながらリターンを放った。シングルスは22日の準決勝を含めて3試合で1ゲームも与えず圧勝。同日のダブルス決勝を制し、一つ目の金メダルを手にした。「色々なかたに育ててもらって今ここにいる」。試合後、感謝の気持ちを述べた。
マグネシウム製の車いす、設計の苦労
競技用車いすを手がけるのは浜松市の部品メーカー「橋本エンジニアリング」。素材はアルミニウムが主流だが、小田選手用はより軽く、強度のあるマグネシウム製だ。社長の橋本裕司さん(59)は「軽さと強度を両立させる設計に苦労した」と話す。
小田選手は左脚を座面の下に引き入れてプレーするスタイルで、左右の車輪をつなぐ車軸が邪魔になる。このため、通常の車軸の代わりに、地面に近い位置にパイプを通した。衝撃対策で補強板を入れるなど工夫を重ねた。
故郷・一宮市から、支援の輪
小田選手は愛知県一宮市出身。9歳で骨のがん「骨肉腫」を発症して左脚が不自由になり、10歳で競技を始めた。橋本さんが出会ったのは12歳の頃。球への執着、勝ちへの執念が強く、「可能性を感じ、サポートしたい」と思った。
本人と話し合いながら調整を繰り返してきた車いすは3台目。年々すごみを増すプレーに「試合中、壊れたら」と心配になり、国際大会の前後は微調整に余念がない。「一緒に戦っている気持ち。活躍を続け、子どもたちに勇気を与えてほしい」とエールを送る。
練習拠点の整備、赤土コートも再現
練習拠点は名古屋市の「諸の木テニス倶楽部」。グループ会社が同倶楽部を運営するセラミックス製造大手「NGK」総務部長の三村琢さん(57)は「想像を上回るスピードで成長してきた」と話す。
小田選手のコーチと話したことを機に、車いすの選手の練習環境が十分でないと知り、2020年頃からスロープの整備やコートの改良を進めた。小田選手の活動を支援しつつ、全仏オープンなど国際大会を想定し、国内にあまりない赤土のコートも再現した。ローラーを何度もかけて硬さを調整するなどしたという。
小田選手は昨年9月に全米オープンで優勝し、四大大会とパラリンピックを全て制する「生涯ゴールデンスラム」を史上最年少で達成した。「勝って当然とみられ、プレッシャーもあるはず。でも彼はそれを力に変えることができる」。栄冠を信じてやまない。