岡山大安寺の富永惇聖主将(3年)が、今春の内野手から捕手への転向を経て、夏の岡山大会で躍動した。強肩を買われた転向は、昨夏の屈辱をバネにした決断だった。身長1メートル68、体重60キロと細身ながら、「壁」となることを誓い、投手の信頼を勝ち取った。
捕手転向の背景と決意
富永主将は今年5月、森野満監督から「夏に勝ちたいなら、やってくれ」と捕手転向を打診された。小学生時代のソフトボールでわずかに経験があった程度だが、昨夏の初戦で「2番・二塁」として出場しながらコールド負けした悔しさが胸にあった。「もうあんな屈辱を味わいたくない」と腹をくくり、転向を受け入れた。
細身の体で投手の信頼を得るため、富永主将は「低めを狙って思い切り腕を振れるよう、絶対に後ろへそらさない」と決意。何度も足運びを練習し、ブロッキング技術を磨いた。
初戦での活躍と完投リード
転向後初の公式戦となった今夏の初戦で、富永主将は森寛馬投手の持ち味を引き出し、公式戦初の完投をアシスト。ワンバウンドの球を身をていして止め、二盗も阻止するなど、守備で存在感を示した。打撃でも1番打者として追い上げの犠飛を放ち、チームの勝利に貢献した。
ゲームセットの瞬間、次打者サークルで迎えた富永主将は涙がこぼれたが、「後悔はありません」と語った。
単独チームでの夏1勝
岡山大安寺は昨秋、部員7人で他校と連合チームを組んでいたが、新1年生を多く迎えた今春以降、富永主将が「自分が引っ張る」と積極的に球拾いや後片付けを率先。単独チームで夏の大会に臨み、1勝を挙げた喜びを「後輩たちに支えてもらった。感謝しかありません」と振り返った。
母の影響と聖地への憧れ
富永主将の母・義子さん(47)は、大阪・PL学園のブラスバンド出身。在学中に何度もアルプス席で応援歌を演奏した経験から、甲子園球場の素晴らしさを息子に聞かせてきた。名前「惇聖」には「聖地」への憧れが重ねられており、富永主将は大舞台への夢を後輩たちに託した。



