名鉄「赤い電車」の記憶、パノラマカー全盛期のバラエティ豊かな車両たち
名鉄「赤い電車」の記憶、パノラマカー全盛期の車両たち

鉄道写真家の南正時氏が、名鉄「赤い電車」のイメージが定着する前の1960年代から、パノラマカー全盛期を経て1970年代までの名鉄の車両の変遷を、自身の撮影写真とともに振り返る。

初めて撮影したころの車両塗装

南氏が初めて撮影したころ、850系は緑色の塗装だった。3400系はクリーム色と茶色のツートンカラーで、後に一時期クリーム色に赤帯となったが、その後どちらも名鉄の標準色となった赤(スカーレット)1色の塗装になった。3400系は1990年代に登場時の塗装を再現した緑色濃淡の塗り分けとなり、冷房も搭載して2002年まで走り続けたのは特筆に値する。

「赤い電車」の時代

名鉄といえば「赤い電車」のイメージだが、筆者が名鉄沿線に在住していた1960年代半ばは、スカーレットはパノラマカーの色で、ほかの一般車両は緑や、クリーム色と茶色のツートンカラーなどだった。赤1色がほかの車両にも広がったのは1970年代以降である。

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そのころ、筆者は名古屋を離れ東京ですでにプロの写真家となっていたが、1970年代半ば以降、『ケイブンシャの大百科』をはじめとする鉄道関連の書籍で全国の私鉄を撮影することが多くなった。パノラマカーという看板車両があり、かつ車種が豊富な名鉄は頻繁に撮影する機会があった。

「高速」種別の登場と多彩な車両

この時期、名鉄に登場した種別が「高速」だ。1977年に座席指定の特急を「特急」とし、座席指定でない特急がこの種別になった。「高速」の種別表示を掲げて快走する、丸みのある車体の5000系や、特別料金不要の車両としては日本初の本格的な冷房車である5500系などの姿が印象に残っている。

同じころに活躍していた3880系は元東急の電車で、大手私鉄同士の車両譲渡は当時話題となった。道路との併用橋だった犬山橋を走るパノラマカーの姿も、当時の名鉄の特徴的な風景として記憶に残る。

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