園田勇さん死去、79歳 モントリオール五輪金メダリスト、谷亮子さんら育成
園田勇さん死去79歳 モントリオール五輪金メダリスト

1976年モントリオール五輪柔道中量級金メダリストの園田勇(そのだ・いさむ)さんが16日、肺炎のため福岡市内の病院で亡くなった。79歳だった。告別式は20日午後1時、福岡市東区千早5の15の28香椎典礼会館で営まれる。喪主は妻の真理子さん。

金メダル至上命令の時代 プレッシャーとの闘い

日本柔道界にとって金メダルが至上命令だった時代。壮絶なプレッシャーの中で臨んだモントリオール五輪。園田さんは「とにかく慎重を期した」と振り返り、大役を果たした後は「ホッとした」と語った。真っ先にこみ上げてきたのは喜びよりも安堵感だったという。

5人きょうだいの末っ子で、西鉄ライオンズへの入団を夢みる野球少年だったが、中学で一つ上の兄・義男さんに道場へ連れて行かれて柔道を始めた。当初は渋々取り組んでいたが、運動神経は抜群で負けず嫌いな性格。福岡電波(現・福岡工大城東)高、福岡工大と進み、才能を開花させた。

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モントリオール五輪決勝 ソ連選手に勝利

モントリオール五輪には29歳で出場。試合前夜は眠れず、不安を振り払うために浴室で水をかぶり続けた。ソ連の選手と対戦した決勝では「行ける」と感じても、はやる気持ちを抑え、一本勝ちを狙わずにポイントを奪うとそのまま逃げ切った。

指導者としての功績 谷亮子さんらを育成

指導者としても名をはせた。小学生だった谷(旧姓・田村)亮子さんの素質を見いだし、谷さんが進学した福岡工大付(現・福岡工大城東)高では義男さんとともに稽古をつけた。自身を恩師と慕って福岡県警に入った日下部基栄さんも鍛えた。2000年シドニー五輪では谷さんの金メダル、日下部さんの銅メダルを見守り、目頭を熱くした。

70歳過ぎても道場通い 「指導の基本は徹底して投げられること」

柔道界に大きな足跡を残し、70歳を過ぎてもなお柔道着に袖を通して母校の道場に通い続けた。「指導の基本は徹底して投げられること。無理できなくなってイライラするね」と語り、柔道への熱意は終生、尽きることはなかった。

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