福岡県糸島市深江地区にある弥生時代の遺跡群で近年、中国や朝鮮半島との交流を裏付ける木製品の出土が相次いでいる。糸島地域は中国の歴史書「魏志倭人伝」に記された「伊都国」の所在地として知られており、深江地区一帯が海外の先進文化を受け入れる窓口だった様子が具体的に浮かび上がってきた。
「案」や「箆」の出土で交流の実像が明らかに
唐津湾に面する深江地区には、弥生時代中期後半から古墳時代初頭(紀元前1世紀~紀元後3世紀後半)にかけて港湾集落があったと考えられてきた。1990年代初頭に、同地区の深江井牟田遺跡から中国式銅剣2本や、古代中国・漢の出先機関だった楽浪郡(現在の平壌付近)の多様な土器が多数出土し、大陸との交流がうかがわれたためだ。
東隣にある深江城崎遺跡で2025年、弥生時代後期初頭から前半(1世紀頃)の遺構から、木製の台「案」が初めて完全な形で出土した。天板は幅約65センチ、奥行き40センチで、脚の高さ約19センチ。指物技術で組み立てられており、漢製の案を模倣して国内で作られたとみられる。天板には刃物による傷が多数あるため、まな板として使われたとの見方があり、儀礼や供宴に用いられた可能性もある。
港湾集落の存在を裏付ける遺物
案の近くでは、船の部材や背負子など、港としての機能を示す遺物が見つかり、港湾集落があったことが裏付けられた。特に注目されるのは、準構造船の内部を仕切る幅1.4メートルの隔壁だ。準構造船は、丸木舟の側面を板でかさ上げして大きくした船。久宝寺遺跡(大阪府)で出土した外洋船とみられる3世紀後半頃の準構造船が復元幅約1.5メートルで、調査を担当した市文化課の江崎靖隆さんは「この準構造船も、朝鮮半島、中国など遠方まで航海可能な規模だったと考えられる」とする。
深江城崎遺跡では、21年度にクジラが描かれた弥生土器が出土しており、一支国の王都だった原の辻遺跡(長崎県壱岐市)に続く国内2例目だったことから、一支国とも交流があったと考えられている。
国内初の漢製木製櫛も出土
隣接する深江石町遺跡では24年度、弥生時代後期前半の遺構から、中国・漢で作られた木製の櫛「箆」が国内で初めて出土した。長さ7.1センチ、幅5.5センチ、厚さ0.1~0.5センチ。歯は細かくて本数が多く、髪の汚れを取り除くために使われたとみられる。



