ネパール中部を襲った大規模土石流から1カ月以上が過ぎても、家や仕事を失った人々は生活再建の道筋を立てられていない。政府は被災地集落の集団移転を検討中だが、多民族・多言語国家であるネパールではコミュニティーの再建は容易ではない。
商店街は土砂に埋没、残った建物はわずか
9月下旬、取材で中部ビドゥールを訪れた。トリシュリ川沿いに広がるビドゥール1区は、古くから商業や交易の拠点として栄えた地区だが、その大半が土石流に押し流された。かつて地域有数の商店街があったとされる場所は土砂に埋もれ、残った建物はわずかだった。
川岸には建物の基礎部分のようなものが見え、居合わせた住民は「学校の屋根だ」と口をそろえた。土石流で被災する前、川沿いには生徒約900人が高台に避難したトリブバン・トリシュリ中等学校の校舎があった。校舎は3階建てで、川面から50メートル以上高い地点に立っていたとされる。発災直後に校長が避難を即決し、生徒らは高台に逃げることができたが、土砂が最大数十メートルの高さに積もり、集落を埋めたとみられる。
集団移転に不安、カーストも復興の壁に
政府は被災地集落の集団移転を検討しているが、住民からは「不安でたまらない」との声が上がる。多民族・多言語国家であるネパールでは、コミュニティーの再建は簡単ではなく、カーストも復興の壁となっている。
土石流は巨大な津波のような勢いで谷を駆け下り、集落をのみ込んだ。「ヒマラヤ津波」とも呼ばれるこの災害で、被災者は今もなお生活再建の見通しを立てられずにいる。