黒潮町地区防災計画シンポジウムが8月30日、同町佐賀の総合センターで開かれた。参加した住民や近隣自治体の防災担当者ら約250人が、2011年の東日本大震災で家族や同級生らを失った遺族の訴えに耳を傾け、災害への備えについて考えた。
「天災ではなく人災」と指摘
基調講演したのは、東日本大震災当時、宮城県石巻市立大川小学校5年生で津波にのまれながらも助かった只野哲也さん(27)。同小では児童74人、教職員10人が死亡・行方不明となり、只野さん自身は救助されたが、妹らを失った。
只野さんは、地震発生からの避難行動などを説明したうえで、「ひとつの家族のような地域がなくなった。津波到達まで約50分あった。これは『天災ではなく人災』だ。救えた命だった」と指摘。「『いつも(平時)』と『もしも(有事)』を常に意識して考えること。子どもたちの命を真ん中に考え、いのちを『守る』だけでなく『育む』『つなぐ』ことが重要」などと訴えた。
中学生が「犠牲者ゼロ」へ取り組み紹介
また、町立佐賀中の生徒は、想定を変えながら避難訓練を繰り返し、避難場所には「マイ防災バッグ」を用意していることや、「犠牲者ゼロ」を目指して高齢者宅を訪問していることなどを紹介した。



