会津藩公行列に参加し感じた、会津の人々の大会運営力のすごさ
会津藩公行列の運営力に感銘、千田嘉博氏が寄稿

名古屋市立大教授で奈良大特別教授の千田嘉博氏が、福島県会津若松市で毎年9月に開催される会津まつりのメインイベント「会津藩公行列」に参加し、会津の人々の大会運営力に感銘を受けた様子を寄稿した。

会津まつりの起源と歴史

会津まつりの起源は1928年、大正天皇の子で昭和天皇の弟の秩父宮雍仁親王と、幕末の会津藩主・松平容保の孫である松平節子(雍仁親王妃勢津子)との婚儀を、会津の人々が提灯行列で祝ったことにさかのぼる。

幕末の会津藩は江戸幕府を支え、藩主の松平容保が京都守護職を務め、京都の治安維持に努めた。また、会津藩の配下になった新選組は、攘夷派浪士と激しく激突した。鳥羽伏見の戦いから始まる戊辰戦争でも会津藩は戦いを続け、1868年の会津戦争では最終的に会津若松城(鶴ヶ城)に籠城して激戦を繰り広げた。これらの戦いによって会津藩は「朝敵」とされ、近代に苦悩の歴史を歩んだ。

会津藩公行列の華麗な歴史絵巻

1928年のご成婚は会津の復権を告げる大きな転機になり、会津の人々はご婚儀を祝い喜んだ。この精神を受け継いで53年から、今日につながる会津まつりが始まった。会津藩公行列は、戦国時代から幕末・近代までの会津を治めた殿様や武将・姫、新選組をはじめとするゆかりの人々600人が、それぞれ武装などをして中心市街地を行進する。一度は観覧したい全国屈指の華麗な歴史絵巻だ。

千田氏は会津若松城の研究を通じて会津のみなさんと絆が生まれ、室井照平市長のご高配で会津若松市観光大使を務めている。そのご縁で、会津若松城主で加藤清正、藤堂高虎と並ぶ築城名人、加藤嘉明役で会津藩公行列に参加した。本格的な鎧と兜に身を固め、大小の太刀と采配を腰に差して馬に乗って行列した。

大会運営力への感銘と改善の重要性

合計で28万人を超えた観客(会津まつり協会発表)が街中で応援し、千田氏も馬上から手を振ったり采配を振るったりして応えた。今年も感心したのは、600人もの武者行列を的確に誘導して行列を実行する会津の人々の大会運営力だ。例えば、武者姿に一斉にどう着替えさせ、馬や輿にどう乗せるか。600人の武者が一度に昼食をとるにはどうするか。スタッフのみなさんの見事な連携と行き届いた武者ファーストのサポートは、本当にすごかったと記している。

毎年、会津藩公行列を重ねてきた中で、スタッフのみなさんが気がついたことを話し合い、改善してきたから、観客はもちろん、武者にも楽しくて心地よい行列が実現したのだろうと千田氏は考察する。大きな行事や大会を円滑に実施するのは容易ではなく、国際的な大会であればなおさらだ。そうしたなかで会津藩公行列は、課題の真摯な改善によって円滑さと心地よさを達成した。うまくいかないことがあれば、怒られたり批判されたりする。報道機関も報じる。関係の人は苦しい。そこでくじけずに改善を重ねて、すばらしい行事・大会のレガシーを未来へ伝えてほしいと訴えている。