渋谷教育学園の田村哲夫学園長(90)は、長年続けてきた中国への修学旅行を今秋、中止せざるを得なくなった。訪問先の北京の中高一貫校から「今年は受け入れられる情勢ではない」との連絡があったためだ。詳しい理由は不明という。
中国修学旅行の変遷と代替措置
20年余り前まで、中国への修学旅行は全国の公私立高校で盛んだったが、両国関係の冷え込みで激減している。渋谷教育学園では保護者の意向に配慮し、中国旅行と同じ時期に九州を訪れる選択肢を用意してきたが、今年は高校2年の参加者全員が九州に向かうことになった。
同学園では中学3年で奈良、高校1年で広島を訪れて歴史と平和を学び、その上で中国を訪ねる。田村さんは「日本文化の源流」を確かめる意義があるとし、生徒たちに「アジアの人々と顔の見える関係を築いてほしい」と願う。
戦争体験とシンガポールでの衝撃
田村さんは2・26事件の当日に生まれ、戦時中の疎開先では米軍の機銃掃射から逃れる体験をした。約30年前、シンガポールで系列校を開設する際に世話になった現地の男性から、「叔父が日本軍に殺害された」と最後に打ち明けられ衝撃を受けた。「言葉がなかった。私自身がそうした歴史に思いが至らなかったからです」と率直に語る。この経験から「アジアの人と多く接する時代に過去を知らないでは済まされない」と痛感し、「平和学習と国際交流を進めなければ」と肝に銘じた。
平和教育の国際的な広がり
国連の教育行政官として紛争地の復興に携わった上智大教授の小松太郎氏(58)は、日本の平和学習が国際的に注目されていると指摘する。内戦後の南米コロンビアの教育関係者や、民族紛争を経験した西バルカン諸国の学生が来日し、広島や沖縄の平和教育を学ぶプロジェクトも行われている。「戦争を始めると何が起きるのか、当事者の人生とともにきちんと伝えることは『本当に戦争しか手段がないのか』と考える歯止めになりうる」と小松さんは希望を託す。「具体的な人の顔が見えれば対立を克服しやすいという研究成果もある。若者の継続的な交流など教育が果たす役割は小さくない」と述べた。
学園長講話で問いかける
卒寿を迎えた田村さんは「学園長講話」を続けている。7月上旬には高校2年生を対象に、争いが絶えなかった欧州の歴史をたどり、フランスとドイツの青年交流が欧州連合(EU)の基盤を築いた意義や、国を超えた共通歴史教科書の経緯にも触れた。さらにシンガポールでの体験を明かし、「一人一人の基本的人権を守るのが民主主義社会であり、戦争は許されることではない。私はそう思うけれど、君たちはどう考えるかな」と静かに問いかけた。講話後、生徒たちは質問を携えて田村さんを取り囲んだ。



