子どもたちに人気のプール授業だが、その安全管理が教員個人の負担に大きく依存している現状が問題視されている。中部大学現代教育学部准教授の樋口万太郎氏は、水の止め忘れなどヒューマンエラーが発生した場合、教員が自腹で損害賠償を負うリスクがあると指摘。このような状況は個人の落ち度ではなく、組織や仕組みの設計に問題があると警鐘を鳴らす。
教員の「自腹」リスクが生む異常な構造
樋口氏は「特定の教員が損害賠償を負うおそれがある時点で、それは個人の落ち度ではなく、組織の設計、仕組みの設計の落ち度です」と述べる。ミスをしたら自分が支払わされるという恐怖の中で、教員がのびのびと業務に取り組めるはずがない。プール授業では、水の管理や児童の監視、指導を少人数の教員で担うケースが多く、集中力と記憶力という個人の資源に依存しているのが実態だ。
ヒューマンエラーを前提とした仕組みづくり
「人は必ずミスをする」という前提に立ち、仕組みで防ぐことが重要だ。プールに関しても、雷が鳴ったら水面から上がらせるなどの安全ルールはあるが、天候を気にしながら少ない教員で監視と指導を同時に行うのは限界がある。樋口氏は「自治体によっては民間委託に踏み切る動きが出ており、私は大賛成です」と述べる。
教員だけで授業を行う場合の現実的な対策として、自由時間をなくし、最初から最後まで「ねらいのある活動」で構成し、全員の動きが見える隊形で行うことや、監視に徹する教員と指導する教員の役割を分けることを提案。さらに、自動で給水が止まるシステムやタイマーの導入、専任の管理員の配置を挙げ、「これが安全管理の常識です」と強調する。
医療や工場の事例から学ぶ
医療現場では薬の取り違えを複数人と機械で確認し、工場では人が間違えても危険が起きないよう装置側で止める。いずれも現場の人間の善意や集中力をあてにしていない。樋口氏は「学校でも同じです。『特定の誰かが、忘れずに、頑張る』をやめて、『誰がやっても、たとえ忘れても、安全が保たれる』に変えていく。たったそれだけのことです。そしてこれは、働き方改革でもあります」と説く。
仕組みが守ってくれると分かれば、教員は注意力の余白を本来注ぐべき子どもに向けられる。属人性をなくすことは教員の余白を取り戻すことだ。
プール授業の意義と今後の展望
樋口氏はプール指導そのものを否定するわけではない。水と親しむ経験は子どもにとって大切だが、「楽しいから」「昔からやっているから」「気をつければいいから」で済ませてきたものの中に見直すべきものがあると指摘。「全員を無事におうちに帰すこと。そして、先生を生贄にしないこと。この2つを同時に守るには、個人の頑張りではなく、仕組みの力が必要です」と結論づけ、プール授業を安全かつ円滑に運営するための仕組みづくりを行う学校が1校でも増えることを願っている。



