広尾学園小石川中学校・高等学校(東京都文京区)で今春、新しい校長に山地弘起氏が就任した。山地校長は、帰国生が全校生の約3分の1を占める多様な教育環境を生かし、学校の教育理念である「自律と共生」を軸とした学校作りを進める考えだという。就任から2か月余りの6月11日、山地校長に今後の教育展望などを聞いた。
帰国生が3分の1を占める環境での就任
山地校長は、東京大学大学院で教育心理学を専攻し、メディア教育開発センターや長崎大学で教育研究に携わった。2016年からは10年間、「大学入試センター」に勤務し、大学入学共通テスト(旧センター試験)に関する研究を通して入試改革に取り組んだ。その過程で、大学院の先輩だった広尾学園校長の南風原朝和氏と接点が生まれ、これを機縁として今春、広尾学園小石川の校長に就任することになった。
――校長に就任して生徒たちの表情や様子はどうですか。当校には約800人の生徒が在籍していますが、徐々に名前と顔を覚えてきました。私も電車通勤で、都営三田線の「千石駅」を利用しますが、出口でいつも生徒と一緒なので声をかけられることが増えましたね。グーグルクラスルームで探究学習に関する質問が私に直接送られてきたり、進路のことで生徒が校長室に相談に来たりと毎日にぎやかです。
海外大学進学実績が大きく伸びる
――今年度は海外大学への進学実績が大きく伸びたと聞きます。2024年から26年の3年間で海外大学への合格者は108人ですが、そのうち今年度だけで50人に上り、ほぼ半数を占めています。ただ進学させるのではなく、奨学金を取得するまでの指導ができるようになったことが大きいと考えます。2018年に広尾学園と教育連携を結び、その豊富なノウハウが得られたおかげです。27年3月には、21年に共学化して中学校を開設後、初めての卒業生が誕生します。進路指導担当の話を聞いていても、海外大学への進学数はさらに伸びると予想しています。
――広尾学園と比較して、小石川ならではの特徴はありますか。まず、校舎の大きさですね。良い意味で大きすぎず、アットホームな雰囲気があります。職員室も全職員がすぐに集まれる環境で、休み時間になると生徒たちでいっぱいになります。英語と日本語が同じ割合で飛び交っているというのも、日本の学校教育に慣れ親しんだ私には新鮮です。小規模だからこそ、生徒一人一人に向き合えます。きめ細かにしっかりと成長を見守っていきたいです。
「自律と共生」の解釈と教育の方向性
――学校の教育理念である「自律と共生」についてどう考えますか。「自律と共生」はどんな時代になっても変わらない、普遍的な考えだと思います。ただ、範囲が広く、極めて曖昧な概念です。解釈の仕方によって教育の方向性が変わります。
私は、「自律」とは目標を持ち、自ら考えて行動する力、変化を恐れずに突き進む力だと考えています。これらは経済協力開発機構(OECD)が、次代のコンピテンシーと定義する力で、「エージェンシー」とも呼ばれています。例えば、社会をウェルビーイングな状況にするためにどうすればよいか。貧困層は少なく、失業率は低く、人々が心も体も健康であるためにどうしたらよいか。こうした諸問題を一人一人がビジョンを持って考えられるようになること。これが「自律」です。
生成AIの台頭により、人は額に汗することなく結果を出せるようになりました。しかし、タイパ、コスパ重視で結果のみを求める生活を送っていては、社会に出て必要となる思考力、判断力、表現力を養うことはできません。そうした能力を養える、そんな学習の機会を提供するのが、今の学校教育に求められるものではないでしょうか。
次に「共生」です。共生という言葉は、みんなが平和に仲良く、静かに暮らすというイメージがありますが、私の認識は少し違います。日本人は他人と共生するために自分を犠牲にしがちですが、自分が心も体も健康でなければ、他人の考えを受け入れたり、困っている人を助けたりすることはできません。「身を粉にする」のはただの自己満足に陥りがちです。これは私たち教員にも同じことが言えるので、まずは大人が意識を変えていかなければとよく話し合っています。
「共生」は本当に簡単ではないと思います。世界ではいつもどこかで紛争が起きている。この事実だけに鑑みても、人間同士が分かり合うことは難しいと分かるでしょう。現代は、トランスジェンダー、移民、外からは見えない障害、超高齢化社会など、さまざまな課題があります。それらは、大人たちにとっては、ようやく学び始めた課題ですが、子供たちにとってはそのまま当たり前の環境です。思想の異なる人同士が積極的に対話し、生じた軋轢も自分を成長させる経験につなげてほしいと思っています。
個性豊かな生徒が集まる環境で成長してほしい
――生徒たちにどんな経験を積んでほしいですか。当校には学校行事や教育プログラムがたくさんありますが、生徒には日常を大切にし、「自分の当たり前」を揺さぶりながら生活してほしいと伝えています。特定の地域・文化で生活してきた自分という存在は可能性の一つでしかありません。もし別の国や地域で育っていれば全く違う「当たり前」があったはずです。
当校では、全生徒の約3分の2が、国際理解教育に力を入れる「インターナショナルコース」に所属しています。また、全生徒の約3分の1が帰国生でもあり、そうした点で「共生」を学べる絶好の環境ともいえます。さまざまな国籍や地域からの生徒が集まっていますから、クラス運営も一筋縄ではいかず、衝突もあるかもしれません。でもそんな時こそチャンスです。事なかれ主義よりも非日常を積極的に受け入れた方が成長につながります。自分の当たり前を疑う勇気、相手の当たり前とうまく付き合う勇気を持ち、人間力を磨いてほしいです。
一人一人が違って当たり前の環境で、同じ土俵で話し合い、解決に向けた話し合いをしてほしい。生徒には「自律と共生」どちらも自ら考えて動き、努力をしなければ実現しないということを学んでほしいですね。
――受験を考えている子供や保護者にメッセージはありますか。当校は、活発な子や自己主張が強い子が多いと思われがちですがそんなことはありません。どんな生徒でも受け入れるし、どんな生徒も大きく成長できる環境です。色々な生徒が居て良いし、互いを尊重しながら成長できます。「自律と共生」は学生生活だけでなく、社会に出てからも大切になる考えです。思考を止めず、同調の雰囲気にものみ込まれない、そんな大人に成長していける6年間にしてほしいですね。



