神奈川県茅ヶ崎市にあるアレセイア湘南中学高等学校では、中学2年生が毎年、総合学習の一環として職業体験を行っている。生徒が自ら体験先を探し、仕事を通じて地域の人々と関わることで、主体的に行動する力や相手の立場で考える力など「人間ならではの力」が育まれるという。AI(人工知能)が普及し、問題を簡単に解決してくれるように見える時代だからこそ、こうした取り組みが重要になっている。7月6、7日に行われた職業体験を取材した。
生徒が自ら体験先を選び、電話やメールで依頼
同校は「世界の平和に貢献する人を育てる」という教育理念のもと、身近な地域での学びを土台に、より広い社会や世界へと視野を広げる「グローカル教育」を進めている。中1では社会福祉体験を通して「困っている人の立場に立って考えること」「他者を理解すること」の大切さを学び、中2ではその視点をさらに広げるべく、職業体験を実施。地域で働く人々と直接関わりながら、「社会の中で自分に何ができるのか」「人々や地域にどう貢献できるのか」を考え、中3でのグローバルな平和学習につなげていく。
職業体験の活動は中2の4月から始まる。生徒はまず、体験先の探し方などを学ぶガイダンスを受けたあと、自分の興味関心をもとに体験先を考える。その後、自ら電話やメールで受け入れを依頼しなければならない。教員がサポートはするものの、学校側が体験先の候補を用意しているわけではないため、生徒にとってはハードルが高い。承諾を得られたら、体験先の仕事についてさらに調べ、ポスターを作って理解を深めていく。
中2の担任を務める小川祐弥教諭は、「地域の事業所などから体験先を探し、自らアプローチしていく一連の活動を通して、職業について知るだけでなく、人との関わりや社会とのつながりを学ぶことを目指しています」と、その意義を語る。
AIと向き合いながら、生身の体験を重視
「最初のガイダンスでは、『何のために仕事をするのか』という問いを生徒に投げかけます。今年度は、住む人が幸せに暮らせる家づくりを目指す建築家の動画を見せつつ、仕事の意義について考えました。『お金を稼ぐため』だけでなく、『周囲を幸せにする』など、仕事には多様な意義があることを知ったうえで、生徒は『どこで職業体験をしたいか』『なぜそう思うのか』を考えていきます」と小川教諭は説明する。
こうした体験は、ここ数年でさらに重要性を増してきた。生成AIが普及し、生徒もさまざまなことをAIに相談する時代。自分で深く考えなくても、AIに問いかければ簡単にもっともらしい答えが返ってくる。
小川教諭は「AIが当たり前に、身近に存在している現在、AIとどう向き合い、どう共存していくかが重要となります。生徒は個々に情報収集などでAIを活用していますが、本校では人とかかわる体験を重視しています」と語る。AIの利用は否定しないが、生徒たちはこのあと、AIに聞いただけでは分からない“生身の体験”をすることになる。
消防署や漁協などで、61人61通りの体験
6月に事前訪問で仕事内容や注意点を確認し、7月、いよいよ職業体験の本番を迎えた。生徒たちは小学校や幼稚園、消防署、サーフショップなど、さまざまな場所で仕事を経験する。「『本が好きだから書店員の裏側を知りたい』『美容に興味があるから美容院の仕事をしてみたい』など、中2生61人、61通りの理由で体験先を決めました」と、小川教諭はほほ笑む。
寺島知花さんは、福祉や保護犬の活動に興味があり、「障がい者グループホームAkala」を体験先に選んだ。ホームでは、軽度の障害を持つ入居者の話を聞くほか、食事の準備・配膳をサポートする。寺島さんは、「受け入れの依頼をする際、お互いの時間が合わず、電話が全くつながらなかったことが一番大変でした」と振り返る。「体験中は、職員の方々から『入居者と話すときは、過去のことではなく、趣味など現在のことを聞くといい』とアドバイスされ、聞き手でいることを心がけました」
一方、木村蒼一朗君は釣りが趣味で、「茅ヶ崎市漁業協同組合」を選択。午前5時30分から船に乗り、漁を体験した。「1~2時間ほど魚の群れを探したあと、網を投下して漁が始まり、アジやカマス、コウイカなどが取れました。取った魚は、水の入ったバケツに入れる、氷の入ったクーラーボックスに入れる、海に戻すなど、瞬時に仕分けしていて驚きました」
体験先を回って様子を見守った小川教諭は、「『遅刻しないか』などと心配しましたが、すし店で魚をさばいたり、映画館で接客や片づけを行ったりと、目を輝かせて真摯に仕事に取り組んでいて、学校生活とは違う活躍の場面を見ることができました」と胸をなで下ろす。「相手の表情を読み取って寄り添う力や、他者と協働しながら新しい価値を生み出す力など、人間ならではの力を育てるよい機会となっています」
体験を終え、生徒たちに変化
体験を終え、生徒たちは自身の変化を感じている。寺島さんは「さまざまな人と話して、聞く力がつきました。これからは家族や友達の話を、しっかり聞こうと思います」と言う。「また、今までは興味のあることを調べても、自分には理解できないと思っていましたが、職業体験で、意外と自分にも理解できることが多いとわかったので、夏休み中に福祉や動物について調べたいです」
木村君は「温暖化などの影響で潮の流れが変わり、シラスが取れなくなっていると聞き、自然を大切にしようと思いました」と話す。「海は漁師さんの仕事場なので、釣りをするときは、船が戻ってきたら釣り糸を上げるなど、もう一度、釣りのマナーを見直したいです」
AIとの向き合い方もそれぞれ
小川教諭は「職業体験では正解のない場面が多く、予定通りに進まないことや失敗することがあります。その経験から、自分で考えて行動する力のほか、自分の言葉で意見を伝えつつ相手の意図をくみ取る言語力、相手の立場になって考える力などが伸びたと感じます。学校でも生き生きと活動する様子が見られたり、相手を傷つける言葉を使う生徒が減ったりと、変化が見られるようになりました」と効果を実感している。
4月からの一連の活動で、生徒たちはAIを使ったのだろうか。木村君は「『AIは多くの情報を取り入れて回答を出すため、個性や偏りがなくなる場合がある』という考えがあることを知り、僕もその通りだと感じたため、職業体験でもAIを使いませんでした」と話す。一方、普段から学習にAIを活用しているという寺島さんは、「体験先を探すとき、興味のある分野をピックアップしたあと、チャットGPTに体験先候補を出してもらい、そのすべてを調べて一番興味のある体験先を選びました」と明かす。「また、事前訪問では、教わったことを全部メモし、家でチャットGPTに概要をまとめてもらいながら確認しました」とも話し、うまく使いこなしている様子だ。生徒一人ひとりが自分でAIとの向き合い方を考え、試行錯誤しながら職業体験を実りあるものにしたようだ。
小川教諭は、「自分から依頼の電話をかけ、初めての場所を訪問し、慣れない環境の中で最後まで体験を終えたことで、問題を乗り越える力や、本校の教育目標の一つである『たくましさ』も身についたようです」と締めくくった。「地域に目を向け、さまざまな人とかかわった職業体験は、社会へ踏み出す大きな一歩となりました。ここで得たものを、中3での平和学習や高校での探究学習につなげ、さらに主体的に行動できる人に成長してほしいですね」と、先を見据えている。
生徒たちはこのあと、受け入れ先に礼状を書いて事後訪問し、リポートを作成して11月に発表。代表生徒は、中1生の前で発表を行う。



