2浪でICU合格、発達障害乗り越え塾経営「浪人の2年間に比べたらどんな努力も楽勝」
2浪でICU合格、発達障害乗り越え塾経営

株式会社キズキを設立し、不登校や発達障害の生徒や社会人の学び直しをサポートする個別指導塾・キズキ共育塾を運営する安田祐輔さん。2浪を経て国際基督教大学(ICU)に合格した経験を持ち、「浪人の2年間に比べたら、どんな努力も楽勝だと思えます」と振り返る。

「空気が読めない」いじめられた子供時代

安田さんは神奈川県横浜市に生まれ育ちました。横浜といえども、最寄り駅まで徒歩30〜40分かかる田舎であったそうです。

父親も母親も有名大学を卒業。祖父も名門大学工学部の出身で、教育熱心な家庭環境でした。一方で、幼少期からASD(自閉スペクトラム症)の特性が強く出ており、学校では周囲より動作が一拍遅れ、空気が読めずいじめられやすい子供でした。

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「学校のカチッとした決まり事が苦手でした。授業で『帰れ』って言われたら、『憲法に教育を受けさせる義務があるんでそれは無理ですよ』など正論で返すような感じの子供でしたね」

小学校時代は成績が中の上程度で、親からは「最低でも早慶」と言われ続けて育った安田さん。当時の唯一の自己肯定感の源はピアノで、神奈川のコンクールでも上位に入るほどの腕前でした。

家庭が崩壊する

「父は外に子供を作って帰らなかった」と安田さんは語る。家庭環境が崩壊し、自身も発達障害でいじめられ、私立中も退学。不登校になり中2で中学校を退学した。

その後、「国連に行って世界を変えたい」という思いを抱き、大学受験を目指す。しかし、2浪を経て国際基督教大学(ICU)に合格するまでには長い道のりがあった。

就活で無双、総合商社に入社も…

大学卒業後は就職活動で「無双」し、総合商社に入社。しかし、その後「もう一度勉強したい」という思いが芽生え、塾の生徒は1000人以上に。現在はキズキ共育塾を運営している。

浪人という選択をする人が、20年前と比べて半数ほどになっている現在。「浪人してでも行きたい大学がある」と考える人が減る中で、長い時間をかけて学び続ける経験は、人をどのように変えるのでしょうか。

浪人の経験が今に生きる

自身も9年間の浪人生活を経て早稲田大学に合格した経験を持つ濱井正吾氏が、さまざまな学び直しの経験者にインタビューし、その道を選んで良かったことや、頑張り続けられた理由を探る。

安田さんは「浪人の2年間に比べたら、どんな努力も楽勝だと思えます」と語り、現在も不登校や発達障害の生徒や社会人の学び直しをサポートし続けている。

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