雨の日の午後、ゲームの時間が終わると、子どもがタブレットを取り上げられた途端に「えー、ひまだー! 何すればいいの?」と叫ぶ光景は、多くの家庭で見られる光景だ。「絵を描いたら?」と提案しても「何を描けばいいかわかんない」。「ブロックは?」「めんどくさい」。結局ソファーでゴロゴロしながら「ねえ、テレビ見ていい?」を繰り返すだけ。このような子どもの姿に、モヤモヤしたことはないだろうか。
現代の視覚優位環境が創造性を奪う
昔ばなし研究者で大学講師の沼賀美奈子氏は、著書『昔ばなしの魔法』(青春出版社)の中で、こうした状況は子どもの性格のせいではなく、現代の環境が視覚優位になりすぎているためだと指摘する。動画やゲームは完成された世界を一方的に与え、キャラクターの服のしわや背景の雲の動きまで全てが完璧に描かれている。子どもはそれを受け取るだけで楽しめるが、その代償として「自分の中にイメージがなくても時間が過ぎてしまう」経験が増える。ゼロからイチを生み出す手持ちぶさたで退屈な時間が奪われていることが、創造性の芽を摘んでいるという。
昔ばなしが想像力を育む理由
スイスの昔ばなし研究者マックス・リュティは、昔ばなしが背景や心理描写を語らないことで、物語の骨格だけがくっきり浮かび上がると分析している。沼賀氏は「説明がないからこそ、子どもは耳から入った言葉を瞬時に自分の頭の中で映像化しなければならない」と解説する。例えば「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました」という一文から、子どもは自分だけのイメージを立ち上げる必要がある。その過程こそが想像力を鍛えるのだ。
創造力は才能ではなく余白で伸ばせる
沼賀氏は、創造する力は特別な才能ではなく、物語の中に残された「余白」によって伸ばせると主張する。昔ばなしは現実ではありえないことに触れる機会を与え、子どもはその非現実的な要素を自分の経験と結びつけて理解しようとする。このプロセスが創造力を刺激する。一方、テレビやゲームのように全てが視覚化されたメディアでは、子どもが自ら想像する余地が少なくなる。
沼賀氏は「昔ばなしの読み聞かせは、絵本やアニメよりもずっと効果的に子どもの創造力を引き出せる」と述べる。それは、言葉だけが与えられることで、子どもが能動的にイメージを構築する必要があるからだ。現代の子育てにおいて、あえて「退屈な時間」を作り、昔ばなしを聞かせることの重要性を改めて認識させられる内容だ。



