愛知県豊川市で7日、豊川海軍工廠空襲から81年の平和祈念式典が開かれ、参列した約800人が犠牲者を追悼し、恒久平和への誓いを新たにした。
東洋一の兵器工場で2500人以上が犠牲
豊川海軍工廠は、旧海軍の航空機や艦船などに装備する機銃や弾丸を製造し、「東洋一の兵器工場」と呼ばれた。1945年8月7日の米軍B29爆撃機による激しい空襲で、動員学徒や女子挺身隊員ら2500人以上が命を落とした。
式典で黙とうと献花、平和への決意
式典では1分間の黙とうを捧げた後、犠牲者が在籍していた東三河地域の学校の校長らが祭壇に白い菊の花を献花した。竹本幸夫市長は、「私たちの使命は、81年前に起こった痛ましい出来事を風化させることなく、過去と向き合い、戦争の悲惨さと平和の尊さについて次の世代に語り継いでいくこと」と宣言した。
続いて、豊川海軍工廠語り継ぎボランティアが昨年制作したオリジナル絵本「あの八月七日」を朗読。豊川市立小坂井中3年の生徒(14)が平和への取り組みについて意見発表し、同中吹奏楽部が「世界に一つだけの花」「明日があるさ」を演奏した。式典終了後には参列者全員が献花し、平和への決意を新たにしていた。



