鹿児島県出身とみられる身元不明の戦没者を追悼する「県太平洋戦争戦没無名戦士追悼式」が3日、鹿児島市照国町の城山公園内にある「太平洋戦争戦士之墓」前で行われた。
墓には340柱の遺骨など
同墓は県が1952年に建立し、毎年8月上旬に追悼式を開いている。身元が分からない遺骨340柱と南方諸島などで収集された分骨446柱、激戦地となった硫黄島(東京)の霊砂などが納められている。
式典には県や県遺族連合会の関係者ら約20人が出席。墓を前に黙とうし、菊の花を献花した。
遺族「二度と戦争を起こさず」
参列した同会の浜崎和則副会長(85)の父・太郎さんは、32歳でビルマ(現ミャンマー)で戦死した。浜崎副会長は「ふるさとに帰ってきたかったであろう父のことを思うと今でも涙が出る。戦後81年を迎えるが、二度と戦争を起こさず、豊かになった日本を未来へどうつないでいくか、皆が考えていくべきだ」と話した。



