明石歩道橋事故25年、優衣菜ちゃんの小学校で語り継がれる命の授業
明石歩道橋事故25年、優衣菜ちゃんの小学校で語り継がれる命の授業

兵庫県明石市で2001年7月に発生した歩道橋事故で、花火大会に訪れた11人が命を落としてから25年が経過した21日、次女の優衣菜さん(当時8歳)を亡くした三木清さん(57)(姫路市)は、優衣菜さんが通っていた姫路市立勝原小学校で、教師らが事故を児童たちに語り継いでいることを最近知った。三木さんは「少しでも伝わってくれたら、事故の風化を防げる」と喜びを語った。

「優衣菜ちゃん文庫」が伝える思い出

同校の図書室の一角には、「優衣菜ちゃん文庫」が設置されている。これは事故から5か月後の2001年12月に設けられた。三木さんは本好きだった娘を思い、何度かにわたって図書購入のための寄付金を学校に託し、本も贈った。これまでに学校側が購入した本は353冊に上り、アンデルセンやグリムの童話、偉人の伝記、ジブリ作品などが書棚に並ぶ。遺族らがまとめた書籍『明石歩道橋事故 再発防止を願って』や遺族らの寄贈本も加わり、児童らが利用している。

学校司書による命の授業

優衣菜さんの姉(34)の長女にあたる孫娘(7)はこの学校の小学2年生。6月のオープンスクールの日に、文庫を訪ねた。応対したのは2021年から勤務する学校司書の高田溶子さんだった。高田さんは授業で、優衣菜さんが花火大会の夜、事故で亡くなったことを話す。同じ年頃の子どもの身に起きた出来事に児童たちが驚くといい、「その子の家族がみんなにたくさん読んでねってプレゼントしてくれた本。大切に読もう」と言葉を添えるという。

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父が感じる風化防止の意義

三木さんはその話を孫娘から聞いた。事故を風化させないことは、優衣菜さんからの一生の課題と思ってきた。それだけに「子どもたちが楽しさの中にも危険が潜んでいることを学び、命の大切さを考える機会になれば」と話す。

自宅には、優衣菜さんの机やランドセルを大切に保管している。事故直後、現場に行くのは嫌だったが、花が好きだった娘のために、命日に自宅に咲いたヒマワリを現場に供えてきた。「そこに行けば会えるのではないか」。今では、娘を思う大切な場となった。

命日に現場で手を合わせる

三木さんは21日夜、現場を訪れ、手を合わせる。もちろん孫娘から聞いた学校の話も伝えるつもりだ。

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