「生まれながらの束縛」バリ近郊スンバ島で続く奴隷制の実態
バリ近郊スンバ島で続く奴隷制の実態

インドネシア・バリの観光ビーチから2時間の場所にあるスンバ島では、奴隷制が依然として存在しており、人々は今もなお生まれながらにして束縛されている。

「アタ」と呼ばれる従属層の人々は、夜明けから日暮れまで無給で働き、結婚の際には譲渡され、時には主人から暴力や性的暴行を受けることもある。多くは自らの運命を受け入れている。カニシウス・カニャリ・ハンバリタさんもそのうちの一人だ。AFPに対しては、自らの身分は「消し去ることができない」と述べた。

島に根付く身分制度

インドネシアでは奴隷制は160年以上前に違法となったが、スンバ島での厳格な身分制度は、特に島の東部で依然として存在している。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

カニシウスさんの主人は、31歳のウンブ・アナ・ララさんだ。ターコイズブルーの滝が「隠れた熱帯の楽園」を求める冒険心旺盛な観光客を引き寄せるタンゲドゥ村に住んでいるウンブさんは、カニシウスさんよりも3歳若い。

この村は時間が止まったような場所だ。乾燥した丘と海の間の岩だらけの道を通り、野生の牛やヤギ、馬を横目にたどり着くことができる。携帯電話の電波はなく、食事は薪の火で調理される。

ウンブ・アナさんは、従属関係にある人とも「家族の一員のように」接していると話す。午前中の暑さの中でベテルナッツを噛む2人の足元には、鶏やガチョウがうろうろと歩き回っていた。

ここでは、主人も従属層の人々も村の伝統的な高い茅葺きの家の床に敷かれたマットで眠る。これらの家はしばしば主人の祖先の墓の周りに集まって建てられている。

ウンブ・アナさんはカニシウスさんに、オートバイタクシーの運転手として少しのお金を稼ぐことや、小さな土地で自分の食べ物を育てることを許している。

「私はそれに反対しない。それが現実だ」とカニシウスさんは自分の地位について語る。「それは重荷ではない。それは私たちの祖先から受け継がれた伝統の象徴に過ぎない」

しかし、主人から離れたところでは、異なる話も聞かれる。

「子どもの頃から、十分に働かなければ殴られた」と、近くの村の40代の従属層の男性は語った。

「彼らは私を殴り、水をかけた」と言い、学校の後に畑で働かされ、豚に餌をやり、主人のために料理をさせられた。

「私は、私が経験したことを子どもたちには経験させたくない」

世代から世代へ

人口68万5000人のスンバ島では、10人のうち8人はキリスト教徒だ。しかし、アニミズムと祖先崇拝を融合させた古い「マラプ」信仰も深く根付いている。

それは社会を三つの身分に分ける。「大地主であることが多い貴族の『マランバ』、普通の人々の『カビフ』、そして奴隷/召使い『アタ』だ」と、権利活動家でこのテーマに関するいくつかの研究論文を執筆したマーサ・ヘビ氏は指摘する。

マラプの宗教的指導者ウンブ・レミ・デタ氏は、宗教は「社会的階層化の本質」だとAFPに語る。伝説によれば「マランバはスンバに到着したときにアタを手に入れた」とされている。

島が、首都ジャカルタから2000キロ東にあり孤立していることも、これらの伝統的な社会構造を維持するのに寄与している。

世界最大のイスラム教徒人口を持つインドネシアだが、その社会構造は驚くほど多様だ。奴隷制は1945年、オランダの植民地支配から独立した際の憲法で禁止された。しかし、一部の伝統的な慣習は容認されている。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ

スンバ島に存在する従属層の人の数については、その推定数に大きな幅が見られる。匿名を条件に取材に応じたあるソーシャルワーカーは、人口35万人の東スンバ県には「約1700人」いるとAFPに語ったが、一部では、その数が数千人に上ると考えられている。

強制労働はインドネシアの他の場所にも存在する。デポックにあるインドネシア大学の歴史学者バンダン・カヌモヨソ氏はAFPに対し、「カリマンタンの先住民ダヤクのコミュニティでは、借金のために一時的な束縛状態が生じることがある」と語った。

しかし、スンバ島の奴隷制は独特であり、世代から世代へと受け継がれ、主人と従属層の人々が同じ屋根の下、ほぼ同等の環境で生活していると同氏は指摘した。

そうしたことから、労働で疲弊した様子以外の要素で、外部の人々がその身分を見分けることは難しい。

「領主の権利」

主人たちは長い間、奴隷の支配を肉体的および性的暴力で支えてきた。

「主人は女性の召使いを『使う』ことができる」と、東スンバの影響力のあるプロテスタント系最高会議の議長である牧師マルリン・ロミ氏(57)は語り、「それは普通と見なされている」と続けた。

事実、あるマランバは「もし私が女性の奴隷を気に入っても彼女が拒否したら、彼女の夫を殴る」と、匿名を条件にAFPに語った。

こうした状況について、女性への暴力に関する国家委員会「Komnas Perempuan」の元委員長アンディ・イェントリヤニ氏は「もしあなたが女性なら、あなたは主人のものだ」と指摘。「だから(主人による)性行為は性的暴行とは見なされない。それは単に所有物に対する権力を行使することに過ぎないからだ」と説明した。

また、スンバ島の社会を研究するヘビ氏も、暴力はしばしば「被害者が証言することをしないため」罰せられることはないのだと指摘した。ヘビ氏は、スンバの女性と子どものためのNGO「SOPAN」の創設者でもある。

「性行為を強要されていた」

2024年、子どもを産んだ18歳の従属層の女性が、東スンバの首都ワインガプの警察に対し、13歳の時から主人とその息子に性行為を強要されていたと通報した。

しかし、インドネシア子ども保護委員会(KPAI)のディアン・サスミタさんは、通報から2年が経過しても捜査はまだ終了していないとし、当局に「事件の真相を明らかにするよう」求めている。

この若い被害者は当初NGOに保護され、現在は村で保護下にある。

牧師のマルリンは、プロテスタント教会でも「被害者が声を上げれば」女性や子どもに対する暴力のケースを支援すると語った。

しかし、島での階級制度は非常に深く根付いていると、東スンバ地区で13年にわたり首長を務め、自身も従属層2人の主人であるギディオン・ンビリジョラ氏は語った。

同氏は、上位の人間の「考え方を変えるには長いプロセスが必要だ」と首都近くで行われた支配層の人物の規模の大きな葬儀の際に語った。この葬儀には従属層の人々を含む4000人が招待された。

葬儀では、キリスト教徒やイスラム教徒かを問わずスンバ島民の多くが今なお信仰する「マラプ」の儀式にのっとり、2頭の馬が生け贄として捧げられた。

1990年代初頭まで、警察は人間の犠牲を恐れてそのような葬儀を厳重に監視していたと、米人類学者のジャネット・ホスキンス氏は述べている。

過去には、マラプの儀式では奴隷が主人と共に埋葬されることが要求されていた。

「彼らを自由に宣言する」

アムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)などの権利団体はインドネシア政府に対し、奴隷制が憲法で禁止されていること、さらには反差別条約への合意・署名が済んでいることを再確認するよう求めている。

アムネスティ・インドネシアのハエリル・ハリム氏は、政府が「スンバでの状況を認識している」としながら、「現時点までに奴隷制を禁止するための措置を講じていない」と指摘する。また、ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)インドネシアのアンドレアス・ハルソノ氏も、政府が「マランバからの自由をすべてのアタの人々に向けて宣言すべきだ」と述べた。

こうした指摘に対し、インドネシアのユスリル・イフザ・マヘンドラ調整相(法務・人権・入管)は、憲法が奴隷制を禁止している一方で、「インドネシアは非常に多様な社会であり、社会発展は民族グループごとに異なる」と説明した。

同氏はAFPに「政府は急激な変化を強制することを望んでおらず、むしろ各コミュニティの社会発展に従って段階的に進めている」と語り、「教育がすべてを変えると確信している」と続けた。

東スンバ地区の元首長であるギディオン氏もこの意見にほぼ同意だ。地元のエリートはほとんどが貴族から成り、彼らの多くが奴隷を所有しているため、変化は「段階的にしか来ない」ことを強調。「確実に変わると思う…知識の進歩が下層階級の人々に、この社会的な絆がもはや適切でないことを気づかせるだろう」と付け加えた。

一部の貴族はこうした状況を改善しようとしている。

王族の息子と結婚した際にアタの人々を5人引き継いだ貴族の女性、ノルリナ・ランブ・ジョラ・カルンガさん(54)は、「自分たちの家族から始めること。それが、この伝統のシステムを変える方法の一つだ」と語った。

スンバ・クリスチャン大学の元学長で宗教指導者のノルリナさんは、従属層の解放を目指している。

しかし、ノルリナさん自身もそうした人々を解放することができていない。それが慣習に反する行為だからだ。同氏の祖父は、隣接する中央スンバのプロテスタント共同体の指導者だった際に「すべてのアタの人々に自由を与えた」が、ノルリナさんの立場はそれとは対照的だ。

独立しているが、まだ奴隷

別の貴族女性、タム・ランブ・マルガレータさん(通称:ママ・マルガレータ)は、自身が暮らすプライリウ村での奴隷制の束縛を緩めるため長年努力している。中央政府に働きかけるため、首都を訪れたこともある。

タムさんは「読み書きできないと、多くのことを理解できない」と述べ、従属層の人々を自分の子どもたちと一緒に学校に通わせた。

息子のウンブ・レミさんは、地元の女性20人が、何か月もかけてつくる手織り織物「イカット」を販売するため、観光客向けにギャラリーを営んでいる。イカットの製作者の中にはアタの人々も数人含まれている。

背の高い魔女の帽子のような形の伝統的な家に従属層の人々とその子どもたちと共に暮らしているタムさん。

タムさんは彼らが自身の元から離れることに「反対しない」と述べ、「自ら逃げ出す」ことがあっても「構わない」と言う。しかし、現実的には生活手段がないことから、誰もこの場所を離れようとはしない。

独立しようとする従属層でさえ、しばしば主人に縛られたままとなっている。

ナプ村のあるアタの男性は、若い頃に主人にこき使われ、虐待されたが、今でも主人が住まなくなった古い家で暮らし、家族を養っている。

この男性は自分で育てた家畜を売り、政府の助成金を利用して4人の子どものうち2人を大学に送ることができた。

しかし、トウモロコシ、キャッサバ、野菜を育てている土地は主人のものであるため「必要とされれば主人のところに向かう」と話す。

男性は「主人たちが私たちに命令するのはとても簡単だ。しかし、私は直接反抗しなかった。その代わりに自分の道を作り、自由がどのようなものかを見ることができた」とAFPに語り、「今ではルールがあり、私たちを守る法律がある。おそらくマランバもそれを理解しているので、もうあまり私たちを困らせない」とも述べた。

この男性の立場は奴隷のままだ。しかし、自身の子どもたちが「マランバから自由になる」ことを夢見ていると話し、「知識があれば私たちは自由だ」と続けた。