滋賀県近江八幡市は、市内の「益田町」の行政表記を「ますだちょう」から「ましたちょう」に変更する議案を、市議会に1日提案した。「ました」は、豊臣秀吉に仕えた増田長盛(1545~1615年)ゆかりの呼び名で、現在も「ました」と親しみをもって呼ぶ住民からの強い要望があったという。
「益田町」の由来と行政表記の経緯
近江八幡市の益田町は、増田長盛の子孫にあたる増田又兵衛が地頭として治めた土地で、江戸時代に「増田」を「益田」に改姓し、地名も益田村に改めたとされる。
市によると、近江八幡市が誕生した1954年の合併の際、桐原村大字古川字益田前などの11の字がまとまり、益田町となった。翌年の県公報で「ますだ」の行政表記があてられた。
住民の慣習と変更への要望
住民らによると、行政表記が「ますだ」となった今も、地元では「ました」の読み方が一般的で、自治会や子ども会の読み方は「ました」。市コミュニティーバスの停留場として「益田町」があるが、車内で運転手は「ました」とアナウンスする。一方、集落近くの市道交差点の道路標識はローマ字で「Masudacho」と表記されている。
益田町は約30世帯の集落で、「ました」に親しんだ古くからの住民が大半だが、最近移り住む住民も出てきた。自治会は総会を開くなどして変更を確認し、今年1月に市へ要望、7月に変更を申請した。
市の判断と今後の予定
市総務課は、県や法務局に手続きの可否や変更に伴う影響を確認し、「地域内で住民合意が得られたうえで強い要望があり、変更する要件が整った」と判断した。変更による大きな影響はなく、「道路標識の読み方を変更するぐらい」で、標識も変える予定だ。
県市町振興課の担当者は、近江八幡市内でも行政表記と地元の呼称が異なるケースは他にもあるとしたうえで「こうした変更は、県内では少なくとも過去20年間はなく、珍しい」と話す。
元自治会長の男性(72)は「行政表記は変わっても、地元では『ました』に慣れ親しんできた。読み方と行政表記が一致して、すっきりするし、歴史ある『ました』を後世に残すことができる」と語った。
市議会の採決は29日。可決されれば、市は地元と協議のうえ、来年1月または新年度の4月から変更したいとしている。



