長崎で被爆した佐藤美津紀さん(97)が8月2日、横浜市で開かれた講演会で自身の体験を語った。「目もくらむような光と、雷が落ちたような音と同時に原爆が落とされて、とっさに机の下に潜り込みました」と振り返り、「平和な世界になるのを大いに期待する」と訴えた。
約90人が耳を傾ける
講演会には約90人が集まり、佐藤さんの体験に耳を傾けた。佐藤さんは爆心地から約3キロ離れた勤務先で、そろばんを使って帳簿の計算をしていた時に被爆。建物は鉄筋造りで大きなけがはなかったが、自宅に帰ると天井に大きな穴が空き、家具も全て倒れていたという。
戦後、佐藤さんは周囲から「原爆に遭ったことは絶対言っちゃダメよ。結婚できないから」と言われ続けた。その言葉が嫌で、24歳の時に地元を離れ、憧れだった東京へ向かった。結婚後、3回の流産を経験し、医者からは「原爆のせいかな」と言われたという。
被団協の受賞を機に
佐藤さんは2024年10月、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)のノーベル平和賞受賞が発表されると、喜びとともに、被爆について語ってこなかった後悔の思いを持った。翌年8月、横浜市内で開いたイベントで体験を語り始めた。企画したのは長女のひろみさん(58)と次女の梁瀬まなみさん(56)で、母が元気なうちに体験を伝えたいと、今年も開催した。
佐藤さんは今年入院するなど体調が芳しくないが、梁瀬さんは「被爆2世として、原爆を自分事として生きてきた。体験を引き継いでもらうためにも、来年も講演を企画したい」と話した。孫のこころさん(24)は「何度も体験を聞いているが、心に訴えるものがある。体験を忘れずに、引き継いでいきたい」と語った。



