株式会社キズニを設立した安田さんは、小学5年生のときに父親が外に子供を作って帰ってこなくなり、母親のメンタルが不安定になった。母親は教育ママとなり、勉強を強いられたことで勉強が嫌いになったという。
複雑な家庭環境と中学受験
複雑な家庭環境から、自分の力で生きていくしかないと強く感じた安田さんは、夜中の2〜3時まで勉強させられながらも必死に中学受験に取り組み、神奈川県内の中高一貫校に合格した。しかし、「親に迷惑をかけずに家を出られる」という理由から、併願で合格していた全寮制で特待生として入学できる学校を選んだ。
全寮制の学校での生活は苛酷で、朝5時に起こされ、6年後の東大合格を目指して勉強させられる毎日だった。寮ではいじめもあり、自分のベッドにゴミ箱を倒されたり、消灯後に悪口を言われたりと、24時間心が休まる場所がなかった。
不登校と退学、そして新たな環境へ
中1の終わりにスキーで足を骨折し、3カ月の入院を経験。「学校に行かなくてもいいんだ」と気づいたことが不登校の始まりとなり、中2からは登校しない日が増え、中2の時点で私立中学校を退学した。
退学時、両親はすでに離婚しており、母親は彼氏の元へ行き、父は別の家庭があって引き取れない状況の中、父方の祖父母の家へ行くことになった。弟は母親の元へ移り、兄弟も離れて暮らすことになった。
その後、藤沢市内の公立中学校に転校したが、勉強する意味がわからなくなり、勉強時間はゼロという状態。孤独感から地元の暴走族などがいるヤンキーコミュニティに入るようになった。
大学受験と「人生のリセット」
安田さんは、このような状況の中でも大学受験を「人生のリセット」と位置づけ、浪人を経て人生が「劇的に」変わったと語る。株式会社キズキを設立した現在の活動につながる重要な転機となった。



