京アニ放火殺人7年、遺族「作品の中で会える」 事件後入社の社員が志継承
京アニ放火殺人7年 遺族「作品の中で会える」 社員が志継承

国内外に作品を送り届けてきたアニメーターらの命が奪われた京都アニメーション放火殺人事件から、18日で7年となった。追悼式では、遺族が犠牲になった家族らに思いを寄せ、事件後に入社した社員が志を継ぐことを誓った。(京都総局 木須井麻子、清水美穂)

追悼式で遺族と社員が思い語る

京アニによる追悼式は、午前10時半頃から、京都市伏見区の第1スタジオ跡地で、非公開で営まれた。京アニによると、会場で、遺族は「名前がエンドロールからなくなっても、つないでくれた技術で、気持ちで、こだわりで、作品の中であなたたちに会える」と追悼の言葉を述べた。

事件後に入社した社員は「皆さんをよく知る方々から皆さんのことをたくさん聞いてきた。働く姿が鮮明に思い描ける。仕事に向き合ってきた矜持が当社に根ざし、受け継がれているということだと思う」と語り、犠牲になったアニメーターらに思いをはせた。

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事件の影響と現在の状況

京アニでは当時の社員176人のうち、約4割が事件に巻き込まれた。現在の社員は170人で、事件後入社が約4割を占める。今年4月、多くの犠牲者が制作に関わっていた人気シリーズ「響け!ユーフォニアム」の劇場版の前編が公開された。9月には後編の公開を控える。現状について、京アニは「制作可能な物量の観点では相当程度回復したが、事件前には及ばない」と説明する。

「志を繋ぐ碑」で祈り

事件を伝えるため、京都府宇治市の公園に設置された「志を繋ぐ碑」には18日午前、遺族やファンらが訪れた。犠牲者の数と同じ36羽の羽ばたく鳥をデザインした碑の前で、祈りをささげていた。碑の前で手を合わせた遺族は「月日がたてばたつほど、楽しかったことをどんどん忘れて、写真を見ないと面影も思い出せない。事件から間もない頃よりも今の方がしんどい。もう一度アニメを描かせてあげたい」と涙ぐんだ。

石田奈央美さんの母親の思い出

「事件が起きた時は78歳。今はもう85歳や」。京アニで作品の色遣いを決める「色彩設計」を担当したベテラン社員・石田奈央美さん(当時49歳)の母親(京都市伏見区)は過ぎた歳月の重みにため息を漏らす。奈央美さんの部屋には多くの遺品が残された。洋服や書籍、DVD――。「整理しないと、後の人が困る」。母親は年齢や体力を考え、事件から4年後の2023年頃から処分を続けている。

それでも「私が生きている限り捨てない」と手元に置いているものが幾つもある。ビーズ細工のマスコットなど奈央美さんが小学生の時に作った品々と、母親への贈り物だ。特に大切に保管しているのは赤いカーディガン。奈央美さんが京アニで働き始めた1991年春、初任給でプレゼントしてくれた。奈央美さんは高校卒業後、病院勤務を経てアニメを学ぶ学校に進学。アルバイトで学費を稼ぎながら学んだ。その後、就職した京アニで初めて手にした給料だった。

カーディガンは母娘で出かけた京都市内の地下街で見つけた。黒いスパンコールの装飾があり、目を引いた。赤色が好きな母親は「これええし、買うてくれへん?」と頼むと、奈央美さんは快諾した。母親は「給料はようけもらってへんのに。娘の気持ちがうれしかった」と振り返る。同窓会など特別な機会に着てきた。手元に残した品々を手にすると、奈央美さんの思い出がよみがえる。2023年に夫を見送り、一人暮らしとなった母親は「私が生きてへんかったら、娘の遺品はいずれ処分される。元気でいよう」と思っている。

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