インターネット上の中傷や差別的な投稿に対し、被害者に代わって知事が削除を要請できる条例を、兵庫や鳥取など少なくとも4府県が設けている。鳥取県は全国で唯一、罰則にまで踏み込んでいる。SNS事業者の対応が不十分な場合に被害者の救済を支援する狙いがあるが、個人の投稿に関与することには慎重な自治体もある。
鳥取県では罰則も
鳥取県は今年1月、ネット上で中傷や差別的な投稿があった場合、被害者の申し立てがあれば、知事が事業者や発信者に対して削除を要請できる改正条例を施行した。
条例では、発信者が知事の削除要請に応じない場合、命令に切り替えられる。それでも従わない発信者には5万円以下の過料を科し、氏名やアカウント名を公表できるとしている。命令や過料の規定があるのは、全国で鳥取のみだ。
県人権・同和対策課によると、内容は非公表だが、6月末時点で知事による削除要請を行ったケースが9件あり、いずれも投稿者は削除に応じる意向を示しているという。
他府県でも条例制定が進む
県庁内には「インターネット人権安心サポートチーム」を設け、知事の要請に進む前に、被害者からの相談に応じたり、被害者自身による削除要請を手助けしたりしている。
読売新聞の取材では、鳥取のほかにも佐賀県が2023年、大阪府が24年、兵庫県が今年、それぞれ条例で知事による削除要請を可能にした。被害者の申し立てに応じて知事が削除を要請した例は、鳥取以外の3府県ではまだない。
宮城県も昨年10月の知事選で虚偽の内容を含む投稿がSNS上で拡散したことを受け、県議会が同12月、条例制定に向けた検討会を設置。骨子案をまとめて削除要請の導入準備を進めている。
事業者対応にばらつき
総務省の「違法・有害情報相談センター」によると、ネット上の中傷やプライバシー侵害に関する相談件数は近年、年間5000~6000件台で推移しており、25年度は6715件だった。
国は昨年4月、「情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)」を施行。大手SNS事業者に、被害者が投稿の削除を日本語で申請できる窓口の設置や、削除の可否を7日以内に通知することを義務づけた。
ただ、削除申請に応じるかは事業者の判断に委ねられ、同じような内容の投稿でも事業者によって削除するかどうかの判断にばらつきがある。
鳥取県は「情プラ法では不十分だと考えており、少しでも条例で補完したい」と狙いを説明する。
自治体の対応は分かれる
個人の書き込みに対して、自治体がどこまで規制をかけるかは判断が分かれている。
読売新聞の取材によると、4府県以外にもネット上の人権侵害に関する条例を制定する自治体はあるが、多くは相談窓口の設置や関係機関の紹介にとどめている。
愛知県も22年4月に施行した条例で、知事の削除要請までは盛り込まなかった。人権推進課の担当者は「削除の支援はするが、個人の被害は個人で対応してもらうのが基本」とし、罰則規定についても「(憲法が保障する)表現の自由に抵触する可能性がある」とする。
鳥取県では、削除要請や命令に踏み切る前に、有識者でつくる協議会で表現の自由の侵害に当たらないかどうかを検討する仕組みを設けている。
兵庫県も過去の名誉毀損事件などの判例を参考にして判断するといい、県人権推進室の担当者は「明らかに問題がある投稿については、自治体としても積極的に対応していく」としている。
法務省は、情プラ法の規制対象となっているSNSなどの運営事業者に対し、被害者自身が削除を依頼する方法を手引にまとめ、ホームページで紹介している。
手引では、同法で削除を求めることができる人権侵害として、▽虚偽の情報で社会的な評価を下げる「名誉毀損」▽住所や電話番号などを掲載する「プライバシー侵害」▽具体的事実を示さずに一方的にけなす「侮辱」――を挙げる。
被害者が訴訟で損害賠償を請求しやすいよう、裁判所が被害者からの申し立てに基づいてSNS事業者やプロバイダー(ネット接続業者)に対し、投稿者の情報開示を命じることができる制度もある。
識者の意見は割れる
自治体はどこまで関与するべきか。識者の間でも受け止め方は割れている。
丸橋透・明治大教授(情報法)は「行政は民事への介入に慎重であるべきで、特に鳥取県の過料を科すという手法は問題がある。投稿内容を審査することは検閲のような行為と受け止められかねず、『表現の自由』とぶつかる可能性がある」と懸念を示す。
一方、岩崎忠・白鴎大教授(行政学)は「被害者がネット上の中傷に耐えかねて自ら命を絶つケースもあり、個人任せにせず自治体が介入するのは現実的だ。削除要請に応じない場合、再要請する仕組みを作るなどして実効性を上げていくべきだ」と前向きに捉える。



