京都市伏見区の桂川河川敷で、戦国時代の有力者らが関わった「中世淀城」とみられる遺構が初めて確認された。現場は桂川西岸(右岸)で、すぐ近くの東岸側には豊臣秀吉が修築させた城の推定地もある。当時の淀が政治・軍事の要衝だったことを裏付ける成果として、市埋蔵文化財研究所が発表した。
堀と区画の遺構を確認
調査地は河川敷で、周辺は平安京の玄関口として栄えた港「淀津」があったとされる。今回の調査では、南北約100メートルの区画とそれを囲む堀が確認されたことが注目される。堀の深さは約2・7メートル。断面がV字状の「薬研堀」で、防御性に優れたつくりという。
史料との整合性
戦国時代についての史料では、この地域に城が存在したことが記されているが、遺構として確認されたのは初めてとなる。市埋蔵文化財研究所は、発見が当時の淀の重要性を示すものだとしている。



