女性審判の先駆者・岩崎さん、甲子園の後輩たちに賛辞「堂々としていた」
女性審判の先駆者、甲子園の後輩たちに賛辞「堂々と」

今夏の全国高校野球選手権大会で、大会史上初めてグラウンドに立った女性審判が注目された。30年前から大学野球で審判を務め、全国大会でもジャッジするなど女性審判の先駆けとなってきた神戸市垂水区の岩崎(旧姓・鷹見)仁子さん(53)は、甲子園ではつらつと判定していた後輩たちの姿に「とうとうこの時代が来た。素晴らしかった」と目を細めた。

龍谷大ソフトボール部から審判の道へ

京都府宇治市出身の岩崎さんは、龍谷大ソフトボール部で投手として活躍。当時の部長に誘われ、卒業後に関西六大学野球の審判になった。デビューは1996年4月、同野球春季リーグ戦の試合での三塁塁審。トップレベルの大学野球で女性の審判は全国で初めてだった。

98年6月には、大学日本一を決める全日本大学野球選手権大会の審判にも選ばれ、神宮球場(東京)でジャッジ。2002年5月の関西六大学野球春季リーグ戦では、初めて球審を任された。

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先輩審判の助言と審判の魅力

その試合前、春夏の甲子園の決勝戦で何度も球審を務めた木嶋一黄さん(77)から、「試合はどんどん動いていくから、『あれはストライクで良かったのか』などと振り返らず、目の前のボールだけを見ろ」とアドバイスされた。その言葉を胸にマスク越しに目線を定め、ストライク、ボールの判定に集中していたら「あっという間に終わっていた」と振り返る。

病院や福祉施設でケアマネジャー(介護支援専門員)などの仕事をしながら、週末はグラウンドへ。出産、子育てで休んだ時期もあったが、18年秋、45歳まで計約160試合で審判を続けた。

審判の魅力は「選手の気迫を身近で感じること。私自身も試合前の緊張感が、終了後には充実感に変わっている」という。心がけてきたことは「この内野ゴロなら一塁はアウトだろうという先入観は捨て、ボールから目を離さずにジャッジする。選手たちに納得してもらえる判定でないといけない」と話す。

甲子園への思いと後輩への期待

甲子園の高校野球での審判は、周囲から「いつかできたらいいねえ」と言われたこともあったが、「夢のまた夢でした」。それだけに、今夏の大会でジャッジした5人をテレビ中継で見守り、「胸を張って堂々とやろうとしていた。仕事や家庭をやりくりして球場に出かけ、続けてこられたことがすごい」とたたえ、この先も「まだまだ後に続いてほしい」と期待した。

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