ダイアナ元英皇太子妃の弟であるスペンサー伯爵による回顧録『Swan Song: Diana, My Sister』(原題)が22日、発売された。発売に先立ち公開された一部の内容をめぐり、チャールズ国王が厳しく反論する異例の事態となっている。
1997年にパリで起きた自動車事故でダイアナ元妃が亡くなってから約30年。今も人々の関心は絶えない。回顧録は12の言語に翻訳され、ここ数日は英大衆紙デーリー・メールが抜粋を掲載し、センセーショナルな見出しで報じられていた。
「ダイアナに代わって発言」と伯爵
スペンサー伯爵は「ダイアナに代わって発言し」「時間を経て定着してしまった事実無根の言説」を正すために本書を執筆したと主張。メール・オン・サンデー紙には「ダイアナなら間違いなく、この本を大喜びしてくれたはずだ」と語った。
抜粋によると、ダイアナ元妃の死直後、当時の夫で皇太子だったチャールズ国王から電話で「安心しろ、すぐに彼女のことなど忘れる」と言われたという。伯爵は、当時のチャールズ皇太子が「宝くじに当たったかのように、目を回すほど歓喜しているように聞こえた」と主張。さらに、葬儀で当時15歳と12歳だったウィリアム王子とヘンリー王子に棺の後ろを歩かせることをダイアナ元妃は望まなかったはずだと主張した際、チャールズ国王が「激怒した」と明かした。
宮殿が異例の反論
これに対しバッキンガム宮殿の広報担当者は前週、「(チャールズ国王が)兄弟を亡くした悲しみが理性を曇らせ、判断力を鈍らせ、何年も経った後でさえ他の人には分からない形で記憶を歪めることがあると受け止めておられる」と述べた。
BBCのジャーナリスト、ローラ・クエンスバーグ氏は18日のインタビューで「国王は明らかに激怒している。バッキンガム宮殿がこのような声明を出すことは滅多にない」と指摘。声明を受けスペンサー伯爵は「本人が言った通りの言葉だ」「国王側も『そんなことは言っていない』と否定したわけではない」と述べ、5年前のオプラ・ウィンフリー氏によるインタビューでヘンリー王子夫妻が王室内の人種差別を告発した際の「記憶が異なる場合がある」という宮殿側の対応を「お粗末な模倣」と切り捨てた。
波乱の結婚生活と王室専門家の疑問
1981年から1996年にかけてのチャールズ国王とダイアナ元妃の結婚生活は、英大衆紙で度々取り上げられてきた。伯爵は、ダイアナ元妃が一時自殺を考え、英南部の飛び降り自殺の名所ビーチー・ヘッドまで車を走らせたが、息子たちへの愛が「彼女を思いとどまらせた」と記す。また、ダイアナ元妃から「チャールズが自分の従者に恋をしたから離婚する」と告げられたことにも触れ、なぜ「あり得そうもない噂」を信じたのか当時は理由を聞かなかったと付け加えた。チャールズ国王はその後、長年の愛人カミラ・パーカー・ボウルズ氏と再婚し、現在の王妃となっている。
一方、王室専門家からは疑問の声も上がる。王室伝記作家ロバート・ハードマン氏はX(旧ツイッター)で、ダイアナ元妃の葬儀でのチャールズ国王は「途方に暮れ、涙を流している」姿を目撃したと投稿。1992年の著書「ダイアナ妃の真実」の著者アンドリュー・モートン氏はタイムズ紙への寄稿で、電話に関する伯爵の主張は「扇動的であり、物議を醸すものだ」と記した。王室評論家ジェニー・ボンド氏もBBCに対し、この回顧録を「報復的な記録」と評した。伯爵はBBCに対し、ヘンリー王子とメーガン妃に対するメディアの「がんのような悪影響」は、ダイアナ元妃への執拗な追い回しを想起させると語っている。



