1990年に廃線となったJR鍛冶屋線の元運転士・真鍋俊典さん(74)が、ボランティアで同線の廃線跡などを案内する観光ガイドを始めた。観光客と廃線跡を歩き、列車のハンドルを握っていた当時の沿線の様子を振り返り、ローカル線の魅力を伝えている。
廃線から36年、元運転士が案内役に
鍛冶屋線は、播州鉄道が1923年に全線開業した。鍛冶屋(多可町)―野村(現西脇市駅)間の13.2キロで、播州織などを運び、工場で働く人たちが利用したが、自家用車の普及で乗客が減少し、廃線になった。
真鍋さんは1970年に国鉄に就職し、1979年から鍛冶屋線などを走る列車の運転士になった。定年まで鍛冶屋線で運転すると思っていたが、JR西日本への民営化後の1988年に廃線が決まった。2年後の最終運行日は非番だったが、鍛冶屋駅に出向き、別れを惜しむ大勢の人を見て「もっと早く乗ってくれていたら」と思った。
ガイドとしての活動開始
2015年の定年退職後は、北条鉄道(本社・兵庫県加西市)に移り、2023年まで運転士として勤務した。今年5月、自宅近くの鍛冶屋駅跡に整備されている鍛冶屋線記念館の辺りを散歩していた際、大手旅行会社などが催している廃線跡ツアーの観光ガイドを務める小嶋明さん(78)に「廃線跡を訪れた人に鉄道遺構などの説明をしてほしい」と頼まれた。
多可町内の観光事業者らでつくる団体の養成講座を受講し、6月にあったツアーに小嶋さんのサポートで初めて参加。7月に独り立ちした。鍛冶屋線で運転士をしていたとき、遮断機も警報機もない踏切で農作業車などが横切るのが見え、冷や冷やした思い出や、廃線跡に残る信号設備などについて説明した。
廃線跡ツアーに人気
多可町によると、鍛冶屋線の廃線跡ツアーには昨年、全国から168人が参加。当時を知る住民らの話を聞きながら廃線跡を歩けるのが人気といい、今年も7月末までに200人以上が訪れている。真鍋さんは「運転士だった専門知識を生かし、町に来てくれる人たちに鍛冶屋線のことを伝えていきたい」と意気込んでいる。



