原発事故の避難先に選んだ三重の農村、秋山豊寛さんが見せた笑顔
原発事故の避難先に選んだ三重の農村、秋山豊寛さんの笑顔

日本人として初めて宇宙に行った秋山豊寛さんが、8月26日に84歳で亡くなった。晩年は三重県大台町で暮らした。53歳で移住した福島県で、東京電力福島第一原発の事故を経験。群馬県などを経て、2017年に選んだ「避難先」が、一番近い若狭湾の原発からも150キロ離れた三重県だった。

収穫目前の田園で見せた笑顔

清流・宮川の上流域にあり、雄大な山並みが連なる大台山系に囲まれた大台町。秋山さんが暮らしていた熊内地区では1日、収穫目前の稲が黄金色に輝いていた。

ワサビ栽培などを手掛ける同町の西要司さん(83)は「移住先を探しているから手伝ってほしい」と突然電話を受けてからの付き合いだった。紹介した空き家を見学に来た秋山さんは田園の風景や山並みを気に入り、「ここで百姓をやるんだ」と笑顔を見せた。

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最期の日まで続いた交流

亡くなる前日の8月25日、好物の生ワサビを届けに立ち寄った。体調があまり良くなさそうだったが、久しぶりの再会を喜んでいたという。「天の非情を感じます。もっといろんな話をしたかった」と唇をかんだ。

近所に住む農業の広田幸照さん(85)は、秋山さんとよく立ち話をした。折々に変わる山並みの風景を見て「きれいだなあ」としみじみつぶやいていた姿を忘れられない。「こんな田舎やけど移住先に選んで下さって誇りでした。まだ信じられず、寂しいです」と目頭を押さえた。

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